さてさて、教会で澄音は、三日間の謹慎を命じられ、地下の小部屋へ閉じ込められた。

その部屋、石造りにて冷え冷えとし、高きところに小さき窓がひとつ。

そこから差し込む月の光と、燭台の炎のみが、寂しげに揺れておった。

澄音は膝をつき、月に向かいて静かに祈りを捧げておると
チューチューというか細き鳴き声が窓の外より聞こえてくる。

目を凝らせば、
小さき鼠がちょこんと顔を覗かせ、じっと此方(こちら)を見ているではないか。

チューチュー

澄音

……鼠?

澄音の胸中に、あの出来事が
ふいに蘇る。天井より転げ落ちてきた、あの猫——鷹丸。

なぜ、あの男のことをこんなにも思い返してしまうのか……。

逢いたいなどと、そんなことを
思っているはずはない。

それでも
あの真っ赤な瞳が脳裏から
離れぬのは、なぜなのだろうか。

——と、その時である。

ふいに窓の外から
ひょっこりと顔を覗かせる者がいた。

鷹丸

おお、いたいた。

澄音

た、鷹丸さま……?

鷹丸

小屋にいなかったからな。ひょっとして、あの絵に祈っていたのがバレたのか?

澄音

はい....

鷹丸

おれのことは、話さなかったのか?

澄音

それは……関係ございません。私は禁じられた場所に足を踏み入れたゆえ、処罰されたまでのこと

鷹丸

禁じられた場所、ねぇ……。だがなぁ、あの絵に、そこまでの価値はねぇはずなんだが?

澄音

——どういうことでございます?

鷹丸

いや、こっちの話だ

澄音

それより、鷹丸さま。どうしてここに?

鷹丸

えっと...(本物の絵画を探していたとは言えねぇな……)

鷹丸

いやぁ、ネズミがな。またここに入り込んじまったようでな

澄音

……ネズミ?

鷹丸

そうそう。おれの飼いネズミよ

チュ?

鷹丸

澄音、いつまでここにいるんだ?

澄音

私は三日間、この地下にて謹慎を申しつかっております

鷹丸

三日もこんなところに閉じ込められるなんて、そりゃあ地獄だぜ

澄音

ですが、これも私が犯した罪への報いでございます

ふっと、鷹丸が鼻で笑う気配。

鷹丸

反省するのは明日にしようぜ

そう言いながら
小さい窓より手を差し出す

澄音

え……?

鷹丸

澄音は何も悪いことなんてしてない。あの絵に祈りを捧げただけだろう?
そんなことで神様が怒ると思うか?

澄音

……ですが

鷹丸

もし反省するっていうなら、今じゃなくて朝にしな。お天道様の下で祈れば、きっと神様も許してくれるさ

澄音は言葉を失い、ただ鷹丸を
見つめる。

夜の帳に揺れる瞳は、
どこまでも自由で、どこまでも遠い。

鷹丸

さあ、俺の手を取れ

澄音

......

促されるまま、
吸い寄せられるように、
その手を取る。

ひやりとした指先に触れた瞬間
ぐいっと強く引かれた

澄音

——っ!

次の瞬間、澄音の身は軽々と
窓の外へ。

鷹丸の腕に抱かれ、
ふわりと宙を舞ったかと思えば
するりと屋根の上へと引き上げられる。

澄音

た、鷹丸さま……いけません……!

澄音の言葉もどこ吹く風
鷹丸は苦もなく彼女の体を
抱え直し、月夜を背に悠々と立つ。

鷹丸

ほら、今日は月が綺麗だ。梅でも見に行くか?

そう言うや否や、まるで風のごとく駆け出した。

屋根から屋根へ、
闇夜を縫うがごとく飛ぶ鷹丸の
腕の中で、澄音はただ
己の鼓動の高鳴りを押さえること
もできず——それが恐れによる
ものか、それとも別の何かか、

自らにも分からぬまま、夜風に
身を委ねるよりほかなかった。






やがてひときわ見晴らしの良い
丘へとたどり着いた。

鷹丸

澄音、ついたぞ

澄音がその目を開くと
月明かりに照らされた梅の花が
一面に咲き誇っているではありませんか。

澄音

まぁ、なんと素晴らしいことでしょう

鷹丸

ここは、俺だけの特別な場所さ

澄音

そんな大切な場所に、私を連れてきてよいのでしょうか?

鷹丸

もちろん、俺は澄音の笑顔が見てぇんだ

澄音

笑顔……でございますか?

鷹丸

あんたは出会ったときからずっと、祈りのために顔を曇らせていたように見えたからな

鷹丸はそう言って
梅の花をひと枝摘んで澄音に
差し出したのでございます。

澄音はその花を手に取り、
そっと香りを嗅いだ。

微かな梅の香りが風に乗って
彼女の心に柔らかく染み渡るのを
感じました。

まぁ、なんて良い香りがするのでしょう

鷹丸

澄音には、その笑顔が一番似合うな。

鷹丸はそう言いながら、
梅の花を澄音の髪にそっと
飾ってくれたのでございます。

澄音は少し恥ずかしそうに
しながらも、鷹丸の温かな
笑顔に安心したかのように
静かに微笑み返すのでした。

鷹丸

これからはもっと、笑顔を見せてくれ

鷹丸さま

鷹丸は心からそう言うと
澄音は静かに頷き
ふたりはしばしの間
梅の花と月明かりに包まれて
静かな時間を共にしたのでございます。