登場人物(前後編):トキコⅢ・プロデューサー・香谷里見
登場人物(前後編):トキコⅢ・プロデューサー・香谷里見
里見さんから頼まれた調べもののため 図書館を訪れた
案外すんなりと用事が終わったので そろそろ帰ろうか……
こんにちは プロデューサー 奇遇ですね
え? ……おおっ トキコⅢじゃないか
トキコⅢは うちの事務所に所属するアイドル
ロボットを自称する変わった子だ
だけど……人と思えないような整った顔立ちと変わらない表情は 本当にロボットなのかもしれないと思わせる
なんだか意外だな
意外……ですか?
ああ 調べものでも読書でも
『電子データを閲覧……これは! 要件との一致率 90%以上!』
……なんて言っていそうじゃないか
プロデューサーによるトキコⅢ・エミュレートの合致率は50%に満たない
提案……司書さんへの通報
待ってごめん
要求を受諾 ただしここからは静音モードを推奨します
トキコⅢとふたりで おそるおそる司書カウンターの様子を伺うと 司書さんは人当たりよく微笑んでくれた
先ほどの質問に対する解答……
電子データにはない情報収集もまたロボットの必須技能です
トキコⅢは勉強をしに来ています えっへん
トキコⅢの手元を見ると、たしかに本を抱えている
ええと……『高校国語がもっとわかる』『理論で答える60字』……
なかなかの冊数だな 背表紙の重なりがカラフルだ
…………読みきれるのか?
理数強化クラスであっても文系科目は必須……
トキコⅢはロボットですから ヒトのココロへの理解は不十分
先生からレコメンドいただいた書籍をもとに アップデートプログラムを構築します
へえ~ 熱心だなあ 学校の成績は悪くないんだろ?
トキコⅢは成績優秀でありながらトップではありません ヒトの『努力』や『底力』を理解すべく 常にアップデートしています
同じく 『アイドリズム総選挙』という人気アイドルたちのレースに指名されながら頂点を勝ちとったことはなく しかしアイドル活動を継続する……
これはトキコⅢの余地
ロボットの限界を超え 完璧で究極のロボットになるための成長可能領域です
後半の語彙にパワーがあるな
私の属性はミステリアスです
……こほん 冗談です
え? 冗談?
どこからどこまでが冗談?
トキコⅢは無言で背を向け 閑散とした作業用スペースの一角へとすたすた歩いて行く
待って待って……
いやまあ 図書館で走るわけもなく 何事もなく追いつけるんだけど
プロデューサー 私に用事があるのですか?
ん なんとなくついてきただけだ 静かにしてるから気にしないでくれ
タスク優先度変更 化学の宿題の穴埋め 難易度……低
トキコⅢはすらすらとシャープペンシルを動かしはじめた
うーん 習った覚えがない もし習っていたとしても覚えたままでいられる自信は まったくない
トキコⅢは記憶力がいいなあ……
ロボットですから
記憶力の悪いロボットもいるんじゃないか?
ふむ 一理あります
では訂正を お父さ……博士の自信作である私は 記憶力がいい
記憶力って遺伝なのか そうかもなあ ちょっと羨ましい
遺伝 ですか
思いつくまま喋ったせいか 会話がすぐに途切れてしまった……
長い沈黙と たまにページをめくる乾いた音
静かにしているとは言ったものの 何か話したい
……なんて トキコⅢも同じように考えてくれたんだろうか?
同じネジを使っても別のロボットになるのはなぜだと考えますか?
え
……えー ああそうだ 設計図が違うんじゃないか?
では 同じネジと同じ設計図を使っても別のロボットになるのはなぜでしょう
ええー……
……あっ 『別のロボットになる』のが大事なのか? ひょっとして使う環境が違うから?
素晴らしい答えです
トキコⅢがちらりと顔をあげる
ロボットみたいな無表情……に見えるけど 満足そう? 何となくそんな気がする
何となく だ
再び宿題へ視線を落とすトキコⅢの 問いの本心はわからない
では 同じネジと同じ設計図と同じ使用環境で 私と同じロボットがうまれないのは
……なぜでしょうか
……それは
思わず トキコⅢの額の向こうに視線をやる……
社会学の棚にも生物学の棚にも きっと答えはない
エラー検出 エラー検出
すみません プロデューサー
あなたがやって来るまでに閲覧していた教科書が 不思議な影響を及ぼしたようです
大丈夫だよ 答えがわかった
トキコⅢの様子はほとんど変わらない
ただ ペン先が止まった
使用する人…… いいや そばにいる人の思いが 今もトキコⅢを作っているからだ
『トキコⅢは常にアップデートしている』
……って トキコⅢが言った通りなんだ
答えだなんて大袈裟に言ったけどな!
元々トキコⅢにあるものも 関わる人々がトキコⅢに求めるものも 全部が唯一の存在だ
私のスペックを 私自身で完全に規定することはできません……
同じように 私はあなたのことを知らず
あなたは私の知らないことを知っている
トキコⅢの方が詳しいこともたくさんあるよ
それはもう 宿題を覗きこむプロデューサーの目線の泳ぎっぷりから検出済です
う 学生時代の成績は聞かないでくれよ 格好つかないから
データ照会……プロデューサーの格好つけが上手くいった回数は 失敗した回数のおよそ半分
それはふかしてるだろ!
半分未満ですか
それはふかし過ぎ……もごっ
トキコⅢの手が口を塞ぐ……!
格好つけようとしなくても格好いいですよ
……トキコⅢの特殊な計算式を適用すれば ですが
私が私であるように あなたはあなたです
格好つかなくても 調子が良くてもどん底にいても
あなたは大事なヒトなのです
ひんやりとした掌 どこか懐かしいカーボン芯の香り
トキコⅢは手袋をはめる衣装が多いから
まめのできた指を知らない人も多いだろう
……あの プロデューサー? なぜ息を止めているんですか?
もごご……
『大きい声は反省した 今度は吐息をあてるのが申し訳なくなってきた?』
……まったく 前言撤回プログラムが走るところでした
仕方のない人です
ぷは な 何? 前言撤回プログラム?
プロデューサー お暇なようですから 勉強を教えていただけますか
私のアップデートに関わる重要な仕事です ささ 隣に来て……
結局 トキコⅢの勉強に付き合って丸一日を過ごした……
~終わり~