10.病巣

私

・・・ごくっ

立ち上がった芹ちゃんは、
しっかりとした足取りで
本棚の方へ行ってしまった。

私

何をしに行ってるんだろ

芹ちゃんが戻ってくるまでの間、
私は手持ち無沙汰に視線を泳がせた。

それから少しして、
芹ちゃんが何冊かの本を
小脇に抱えて戻ってきた。

そしてそれらを机の上に置き、
再び椅子に腰掛けた。

芹

お待たせ

私

お、おかえり・・・
・・・これは?

机上に置かれた本を指差す。

芹

本・・・ってそれは見れば分かるか

えっと、
ちょっと胡散臭い話なんだけど、
この本はある特別な力を持った本よ

私

特別な力を持った本?

芹

茜さんが夢に
囚われていると言ったでしょ?

私

うん

芹

その原因がこれ

茜さんはこの本のせいで、
夢に囚われてしまっているの

そう言って芹ちゃんは、
複数ある本の内から一冊を手にした。

私

この本が・・・?

半信半疑になりながら、
その本に視線を通す。

芹

こういう本をなんていうのか、
私は知らない

ただ、
こういった本のせいで
夢に囚われ蝕まれている人が居る

そういった人達を、
私は何人も見てきた

私

じゃ、じゃあこの本をなんとかすれば、
その人は夢から覚めるの?

疑問に思い問うと、
芹ちゃんは首を横に振った。

芹

そういうことになるわね

ただ、
なんとかするといっても、
その手段が問題なの

だってこの本はあくまで写本で、
本物は現実にある・・・と思う

私

写本・・・ね

でも夢の中に居たら
現実にあるかどうかは分からなくない?

芹

そうだね、分からない

だから本当に現実として
存在しているのかは分からない

そもそも、
ここからじゃ確かめようがないからね

でも現実でこういったものを
読んだことがあるって、
そう言っていた人と会ったことがあるの

私

な、なるほど・・・

芹

だから今ここで
この本を燃やしたりしても、
意味はないの

だってこの本は
私の夢に紛れているもので、
本物ではないから

それでも色々と試して、
手探りながらもそれっぽい対策は
見つけているんだけど、
それが本当に正しいのかは
分からないわ

それでも対策を見つけているというのは、
それだけで
無茶苦茶凄いことなのではないだろうか。

芹

今はこうして色々と
訳知り顔で話してはいるけど、
私自身分からないことは
たくさんあるわ

例えば、
どうして私の夢に
こういう本があるのかとか、
この本はいったいなんなのかとか、
まだまだ知らないことが
凄くたくさんあるの

だから推測でものを言っていて、
間違っていることも
あるかもしれない

私自身、
私の発言に保証を持つことはできないの

もちろん、
嘘を言っているつもりはないけれど

私

な、なるほど・・・

芹

そういうわけだから、
信じる信じないの判断は、
あなたに任せる

私

まぁ、信じるけどね!

芹ちゃん可愛いし、
いい人だし、
きっと信じていいと思う。

芹

それで話を少し戻すけど、
今夢に人を縛っている本が
ここにある四冊で、
内一冊は茜さんが対象の白髪鬼

だからあなたが対象に
なっている可能性があるのは、
残りの三冊

私

タイトルは分かるの?

芹

白髪鬼以外は分からない

だけど
侵食が進めば見えるようになる

だから今見ても、
ページが真っ白なだけの本ね

私

芹ちゃんはどうして
その本がそうだって分かるの?

芹

感覚で・・・としか言いようがないかな

私

ほ、ほう・・・

芹

疑わしいのも分かるんだけどね

最初はこの本の存在なんて
感じ取れなかったし、
当然分からなかったわ

でも、
この夢に慣れていけばいくほど分かるの

自分の夢じゃない異物の存在が

私

異物?

芹

さっき私がこの本を
私の夢に紛れていると言ったけど、
この本は本来私の夢には
存在しないものなんだと思う

だけど、
しっかりと存在してしまっている。

感じ方は結構感覚的なもだわ

本棚とかを見ていると
妙な違和感があって、
そこには大抵こういう本が紛れてる

どうしてそれが私の夢にあるのかは
分からないんだけどね・・・

私

これが・・・

置かれた本を手にとって、
パラパラと捲ってみる。

もちろん芹ちゃんが言ったとおり、
中身は真っ白で背表紙にも表紙にも、
何も書かれていない。

芹

でね、
この本のページを使って栞を造るの

それを使うと
あなたと関係があるかを調べられるから

そう言って芹ちゃんが席を立ち、
私の背後に立った。

そして私が捲っていた本のページを摘み、破いた

私

え、破いちゃっていいの?

芹

いいよ
どうせ気付いたら直ってるから

私

そういうものなんだ・・・

そして破いたページを持った芹ちゃんが、
小さく手を振ると、
手にしていたページが栞に形を変えた。

私

おお、変わった

芹

ちなみにこれを鍵にすると、
この本が関与している夢に行けるの

私

ここに来た時みたいに?

芹

うん

たぶん鍵じゃなくても
イメージできれば
何でもいいんだと思うけど、
私はそういう方が楽なの

想像力が大事、
ということなのだろうか。

私

それで、
その栞をどうするの?

芹

こうするの

そう言って栞を私の顔に添えてきた。

私

ん・・・?

これは何をしているのだろうか。

芹

ダメね、
反応しない

私

反応するとどうなるの?

芹

形が崩れるわ

私

ほ、ほぉ・・・

芹

この栞はこの本っていう
私の夢じゃない
何かで構成されていて、
そこに私が私の夢の一部を
混ぜて栞に造り替えてるの

だけどもしこの本が
あなたに関与していたら、
あなたという存在に反応して
形を元に戻すわ

私

そ、そんなことが起きちゃうんだ

芹

うん、起きちゃう

私

それも経験則なの?

芹

そういうこと

私

な、なるほどぉ・・・

芹

でも反応がないからこれは違う

私

だね

うんともすんとも言わない

芹

それじゃあ残りもやろっか

私

うん!

というわけで、
この調子で残りの二冊も検証することに。

芹

ふむ・・・まさかの全滅

私

この検証の仕方が
間違っているという可能性は

芹

ないとは言えないけど、
流石にそれは・・・

残りの二冊を確認してみたが、
どれも私に反応したりはしなかった。

芹

どういうことなんだろう

私

それは私が知りたいことだよー

芹

そうよね・・・

仕方がない・・・
今はこの問題のことは忘れましょう

私

棚上げ・・・私もよくやることだね

分からないことを
必死に考え続けても仕方がないのも事実だから、
私は特別文句を言ったりはしなかった。

芹

ごめんなさい

あなたを調べるなんて
偉そうなことを言っていたのに、
何の成果も得られなくて・・・

私

だだだだ大丈夫!

私の為に色々と
してくれているだけで
すっごく嬉しいし
助かってるから!

しゅんとなって謝罪してくる芹ちゃんは、
無茶苦茶可愛かった。

私

あああっ!

芹ちゃん超可愛い!

いつものキリッ、
ってしてる芹ちゃんもいいけど、
今みたいにしゅんと萎れている
芹ちゃんも可愛い!

芹

あ、ありがと・・・
そう言って貰えると
気持ちが軽くなるわ

私

今のところ何にも覚えていない、
ってこと以外は不自由ないし、
全然オッケー!

芹

それはそれで大問題だと思うけど・・・

私

大丈夫大丈夫!

とにかく私のことは
現状どうにもならないって
分かったから、
次は茜ちゃんのことを考えようよ

芹

それもそうね・・・

元々はそのつもりだったわけだし

そう言って芹ちゃんは、
白髪鬼とタイトルが書かれた本を手にする。

私

それって、
読めるの?

芹

読めるよ

本の侵食が凄く進んでいるから、
内容もハッキリと読める

パラパラと捲りながら、
本の中身を見せてくれた。

私

ふむふむ

しかし速読のスキルはないので、
中身がちゃんとある
ということしか分からなかった。

芹

これが茜さんを
夢に縛りつけて蝕んでいる病巣

これの読めるページが
増えれば増えるほど、
茜さんはこの本に喰われているの

私

喰われる・・・

物騒な表現である。

芹

どう侵食するかは
本によって違いがあるけど、
この本はまさに喰っていると
表現するのが相応しいかな

私

く、詳しく聞いてもいい?

芹

もちろん

端的に言うなら、
この本に登場する
白髪鬼っていう存在に成っていくの

私

茜ちゃんが?

芹

うん

私

成るとどうなるの?

芹

正気を失って、
手当たり次第に
相手を襲うようになる

無茶苦茶物騒な変化だった。

しかし、それだと不可解な点が残る。

私

でも私は教われなかったよ

あ、襲われはしたけど、
チューされただけだよ

芹

それはたぶん、
あなたがあの夢に
居るべき存在じゃないから

私

ほ、ほう・・・

芹

だから直接害さず、
それ以外の方法を取ったんだと思う

あなたはあの子にキスをされている時、
何か感じなかった?

私

あー・・・
意識が飛びそうにはなったかな?

芹

たぶんそれね

もしかしたら、
そのまま意識と一緒に
存在が消えていたかもしれない

あくまで仮説だけど

私

ひえっ・・・

あの時、
実はそんな物騒なことに
なっていたかもしれないのか!

若干の身震いを感じていると、
芹ちゃんがポンと肩を叩いてくれた。

芹

でももう大丈夫

幸いあなたはここに来れたわけだから、
私が片をつけるまで
ここで待っているといいよ

私

え・・・
待つって・・・
それは・・・

それはつまり、
芹ちゃんが茜ちゃんをなんとかしている間、
私はここで待っていろということなのか。

それでは私がここに来た
意味がなくなってしまう。

そもそも私は、
一人が嫌でここに来たというのに。

芹

・・・どうしたの?

言葉に詰まった私に、
芹ちゃんは優しく声を掛けてくれる。

その優しさに縋るように、
私はあるお願いをすることにした。

私

あ、あの!

した・・・のだけれど、
言うべきか少し悩んでしまう。

それはきっと芹ちゃんにとっては、
迷惑かもしれないことだから。

いや、きっと迷惑になる。

だから躊躇われてしまう。

私

で、でも・・・一人は嫌だ・・・

芹

・・・・・・?

私

ええい!
悩むな私!
思い立ったら行動しなきゃ!

何にも覚えてない
ないない尽くしなんだから、
とにかく行動しなくちゃ・・・!

すぐに決断した私は、
椅子から立ち上がり、
芹ちゃんと向き合った。

そして――

私

茜ちゃんを助けるっていうの、
私にも手伝わせて欲しい!

そう、お願いするのだった。