~ まどろみの夕刻 スリーパー参戦 ~
~ まどろみの夕刻 スリーパー参戦 ~
時は18:30過ぎ。
いつも仕事をしている事務室とは違う、少し開けた会議室で小生は男の説明を聞き ”流して” いた。



今日は定時まで社内研修





終わったら自席のある事務室へは戻らず、そのままコッソリ帰る予定だったのに・・ハァハァ





ランナーズNo.1 埜下樹理 (ノノシタキリ)
通称『ドージン』
同人活動をしたいので家に帰りたい系女子


研修の終了時刻を過ぎても話が終わらず、怒りを通り越して呼吸が荒くなる小生。だが目の前で説明をしている男は、淡々と喋り続けている。



くそぅ、もう定時を40分も過ぎたのに・・





くどくど





くどくど





くど・・・





・・・





奴の淡々とした喋り方





エネルギーを吸われるというか、聞いていると眠くなってくる・・





帰りたいな・・





でも話をうまくまとめられない、な・・





やっぱり喋るの苦手だ、な・・





ランナーズ ニューカマー(?)
眠野恭四郎(ネムリノキョウシロウ)
通称『スリーパー』
なぜか仕事が長引く系 社内技術指導員


◆



それにしてもランナーズの上位ランカーである、あの二人が・・・


部屋の前方に座っている二人の同士に視線を向ける。少し前あたりから微動だにしていないが。



ランナーズNo.2 持田速人(モチダハヤト)
通称『コモチ』
娘とお風呂に入りたいから帰りたい系男子





ランナーズNo.4 山田華(ヤマダハナ)
通称『ビッチ』
アフターは六本木に繰り出したい系女子





う~ん、寝堕ちているとは
スリーパーの魔力はかなり高いな・・





そしてそのスリーパーの話が長引いている原因である奴もまた・・


コモチとビッチの席よりさらに前、1番前の座席に座ってスリーパーに繰り返し質問をしている女子の後ろ姿がある。



う~ん・・もう一度、説明いいですか?





ランナーズの天敵 小村月姫(コムラカグヤ)
通称『ヤルキ』
ニューカマー 死ぬまでヤル気系女子





ヤルキは質問攻めだし





スリーパーは要領掴めない回答でのらりくらりと・・





だから、ここから送信されたデータは・・





いえいえ、そういう事ではなく、え~例えば~・・





はぁはぁ、二人の会話の堂々巡りは無限に続くのではないか?





夢のエネルギー永久機関か?・・はぁはぁ


脳みそに謎の重力がかかってきて大宇宙が見えてきた。



・・・





・・・うぐっ!!





いかん・・また意識が遠くに・・


小生は自分の顔面を両手で叩き、気合を入れる!!



起きろっ!!
世界の構造を変えるんだ!!





そして死ぬ気で帰るッ!!!!!!


◆
部屋の間取りを調べる為にチラリと辺りの様子を伺う小生。



ふむ





この部屋の唯一の出口であるドアはすぐそこ





こっそり退室できるんじゃないか?
荷物もここにあるしな


覚悟を決めて荷物をカバンに入れる。スリーパーの注意がヤルキに向いている事を確認し、そ~っと机の裏に沈む。



三十路になってこんな事をしていると(ガサゴソ)





何だか言い様の無い不安が湧いて来るな


そのままドアに向かってほふく前進する。人生初めてのほふく前進だ。おめでとう小生。



あ~中学生の時に





男子に『潰れた饅頭』って呼ばれてたの思い出した。





・・何でか知らんけど・・





おや、そちらの方





横になってどうかされました、か?





!!!(びくっ)





体調が優れないのですか、ね?





いや、あの・・





どうする糞っ!!





コモチっ!!フォローしてくれっ!!





(zzzz)





くぅ、気付いてすらいない・・!!





・・あ、の?





はっ!!
そうだ奴を利用してやるか!





コモチの名前を語って体調不良で帰るんだ・・





(ブツブツ)





ヤルキは自分の世界に入っているし受講者チェックもしていない





明日以降になったらドサクサで事実関係なんて分からなくなるだろう・・ククク


小生は何事も無かった様にすくっと立ち、おどけた顔で切り返す。



あ、へへ、持田ですけど
体調が悪くて今日はお先に失礼しようかと





ん?
よく聞こえなかったか、な?





あなたは埜下さんではなかったでしたっけ





ふぁほあえっ!!?
ハイッ!! 私が埜下かもしれません!!


まさか自分の顔と名前が一致するレベルで把握されているとは思わず、動揺していきり立ったカピバラの様な声を出してしまった。なぜ分かったのだろうか。



んと、埜下さん?持田さん?
どちらが正しいのかな?





この名簿が間違っているのか、な?
名前が書き変わっているのか、な?





め、名簿・・そんなのがあったのか





もう駄目だ、終わった~・・(ガタガタガタ)





ん、のの先輩?


こちらの茶番に気付いたヤルキと目が合った。



・・名前がどうとか、変わったとか聞こえたけど・・





えっ、もしかして、あーっ!!





何言ってんだコイツ!!





うっ!!





のの先輩?





結婚・・
幸せな家庭・・ハァハァ





・・・?





あ、あの・・?





老後の安寧・・
ハァハァ・・うっ!!!


聞いてはいけないワードが三半規管を巡り、ゲシュタルト崩壊した小生は見事帰る事が出来たのであった。
◆
翌朝



・・・





まだないな





ない





まだない


結婚の事が若干噂になったらしいが、あえて何も聞いてこない、というより聞く必要が無いと思っていやがるランナーズの面々にちょっとイラッとした。
つづく...
