鷹丸は冷たい地下牢の石床に
横たわっていた。
手足には頑丈な鎖が巻きつき
動くことすらままならぬ。
じっとりとした闇の中
ふいに水がぶちまけられた。
鷹丸は冷たい地下牢の石床に
横たわっていた。
手足には頑丈な鎖が巻きつき
動くことすらままならぬ。
じっとりとした闇の中
ふいに水がぶちまけられた。
――ザバーッ!!
うぅ……
鷹丸は歯を食いしばり
体を震わせた。
全身が冷水に打たれ
傷口が鋭く疼く。
流石に死なぬか
低く響く声の主は、
福米屋の宗次郎であった。
闇の向こうに立つ影が
揺らめく灯火(とうか)に
不気味に映る。
……あんたが武三の旦那を殺したのか?
福米屋は鼻で笑い
まるで取るに足らぬことのように
言い放った。
あぁ、邪魔だったからな
なんで殺した!
武三の旦那は絵なんざ興味がなかった。ただ、そこに隠された秘伝の酒造法を知りたかっただけだ……!
それを聞いた福米屋は
呵々(かか)と笑った。
私もだよ。あんな絵画、恐ろしくて取り扱いなどできるか
だが、酒造法は別だ
金になる……何よりもな
そうゆうことか……
福米屋はゆっくりと歩み寄り
灯火(とうか)の明かりに
その顔が浮かび上がる。
目の奥には狂気とも執念とも
つかぬ光が宿っていた。
私はな、珍しいものを集めるのが趣味でね。
古今東西の貴重な品々を収集しておる。中でもな……ついに手に入れたのだ
……何を手にいれたって……?
妖だよ、しかも本物のな
手に入れるのには骨が折れた。忍びの者まで雇い、ようやく捕えたのだ
そう言うと、福米屋の
手下どもが酒と米を運び
込み、床へと並べた。
続いて、真ん中に塩を盛り
榊(さかき)を一本立てる。
これは……?
お前はいずれ、私の役に立ってもらう。その時まで、御厄さま(おやくさま)が見張り役となる
御厄(おやく)さま……?
次の瞬間、ふっと冷たい風が
吹き抜けた。
灯火(とうか)が揺れ、
一つ、また一つと消えていく。
地下牢の空気が一気に張り詰めた。
――ゾクリ。
鷹丸の背筋に悪寒が走る。
暗闇の中、
何かが蠢(うごめ)いた
冷たく鋭い気配がそこにあった
……
福米屋は満足げにその様子を
見やると、牢の扉に鍵をかける。
私は教会に参るとしよう
そう呟き、ゆっくりと
立ち去っていった。
闇に消える足音が遠ざかる。
残されたのは、冷え切った
地下牢と、不気味な
静寂だけであった……。
牢獄の守り神・御厄様
時は夜更け、牢獄の中はしんと
静まり返り空気は冷え冷えとしていた。
突如、ふっと灯が揺らぎ
そこにひとつの影が現れる。
ゆらり、ゆらりと、まるで
靄の中より滲み出たかの
ように座すその者。
ろうそくの灯が静かに
燃え上がると、そやつの顔が
半ばだけあらわとなった。
……あんたが御厄様(おやくさま)か?
鎖に繋がれながらも
鷹丸はじっとその者を睨んだ。
子供のごとき姿、その目は
深淵(しんえん)のように暗く
感情の欠片も見えない。
その手は白く冷たく
まるで死人のようであった
御厄様は何ひとつ言わず、
そっと手を伸ばし
傍らの酒を掴むと
静かに口をつけた。
ぐい、と喉を鳴らし、
一口、また一口と飲み干す。
へっ……こんな童が見張り役とはな。笑わせるぜ
鷹丸は吐き捨てるように言い
鎖を引き千切るように立ち上がった。
御厄様はちらりと彼を一瞥し
また酒を一口。
好きにせぇ。ここから出られるならな
その言葉に、鷹丸は不敵に笑う。
言われるまでもねえ。こんな鎖、俺には何の役にも立たねえんだよ
そう言うや否や、鷹丸は
ゆっくりと息を整え
全身の関節を外し始めた。
ボキリ……ボキリ……
骨の軋む音が、牢内に響く。
ガシャリ——!!
鎖は虚しく床へと落ちた。
……ぐっ
されど、背中から腹を貫かれた
傷は未だ癒えぬ。
血の気が引くのを感じながらも
鷹丸は腹を押さえ
一歩を踏み出した。
その刹那——
カッ
ぐわぁぁぁぁ!!
雷鳴のごとき衝撃が
鷹丸の全身を貫いた。
獣のような悲鳴が牢内に響き渡る。
どうした。はよ、でぇ
御厄様は相も変わらず
無表情に酒を呑みながら
ただじっと彼を見下ろしている。
歯を食いしばり鷹丸は床を這い
じりじりと出口へと滲り寄る。
されど——
ぐぁあ!!
のたうち回る鷹丸を
見下ろしながら
御厄様は淡々と酒をあおる。
おもしろいのう。もっと見せてくれ
そやつの口から漏れたのは
まるで芝居でも楽しむような
冷ややかな言葉であった——。