日は西に傾き、猫鳴町の町並みを茜に染めていた。
往来を行き交う者の影は長く伸び、屋台の灯りがぽつぽつと灯り始めるころ、
鷹丸は依頼人・武三の行方を追い、町を彷徨っておった。

その折、向こうより現れたるは
剛志(ごうし)という男。

肩を怒らせ、ずしりと重い
足取りでこちらへ向かってくる。

鷹丸

よう

鷹丸が軽く声を掛ければ
剛志はちらりと一瞥し
鼻を鳴らして吐き捨てるように
言い放った。

剛志

妖混じりが気安く声をかけるんじゃねぇ

そっけなく言い捨てると、
剛志は足を止めることなく
通り過ぎていった。

鷹丸は「ちっ」と
舌打ちしつつも、肩をすくめ
ひとまず馴染みの茶屋へと足を向けた。

茶屋では、看板娘の茶々が
忙しげに団子を運んでいる。

客の笑い声と湯気の立つ茶の
香りが漂うなか、鷹丸は
入り口で声を掛けた。

鷹丸

よう。この前いた羽振りのいい旦那は来てなかったかい?

茶々は、ちらと鷹丸を見やるも
怪訝(けげん)な顔をして
首を傾げた。

さぁ、知らないね

茶々はそっけなく言ったが
その瞳にはどこか
不思議そうな色があった。

まるで、初めて顔を
合わせたような──。

――そう、鷹丸の意思とは関わりなく、その紅のごとき瞳には一種の妖しき力が宿っていた。
これを三日見ずに過ごせば、出会った者の記憶から鷹丸の存在は薄れ、やがて消えゆく運命にあったのだ。

むろん、澄音もまた、鷹丸のことを忘れつつあった。

茶屋を出ると、何やら川の
ほとりが騒がしい。

提灯の明かりが水面に揺れ
猫たちのざわめきが不穏な
気配を漂わせている。

鷹丸は嫌な予感を覚え
群衆をかき分けつつ
騒ぎの中心へと進んだ。

そこには、岡っ引きの次郎が
腕を組み、渋い顔をしていた。

鷹丸

何があったんだ?

あ? ああ、水死体が上がったのさ。かわいそうにな

水際には、ござにくるまれ
横たわる亡骸。

鷹丸がそっと覗き込むと
そこにあったのは間違いなく
武三の姿であった。

ござに包まれた遺体は
まだ水を滴らせていた。

顔色は青白く、唇は紫がかり
袖口には泥がこびりついている。

鷹丸

武三の旦那!?

鷹丸

どうなってんだ一体……

鷹丸は拳を握りしめ、じっと
武三の顔を見つめた。

つい昨日まで生きていた男が
今は冷たくなって横たわっている。

誰が、何のために──。

川面を撫でる風が、鷹丸の心に
重くのしかかるのであった。