6.此処

女の子

私の名前は――赤崎芹

私

赤崎・・・芹、ちゃん・・・!

芹

・・・うん

とても可愛い名前だと思った。

芹ちゃん・・・うん、いい感じっ。

芹

それで、あなたの名前は?

私

あっ・・・

それは聞き返されて当然の問いだった。

こちらから名前を聞いておいて、
こちらが答えないのはダメだ。

ダメ・・・なんだけど・・・

私

・・・どう説明しよう

言葉に詰まったものの、
今の私には素直に話す以外の選択肢はない。

私

芹ちゃん、
可愛いから大丈夫だと
思うんだけど・・・

芹

・・・どうしたの?

私

って、ダメダメ!
茜ちゃんだって可愛かったけど、
結局ダメだったんだから、
可愛さで大丈夫かどうかを
考えるのはきっとダメ!

それに悩むだけきっと無駄だ。

どの道私は相談するしかない。

自分の現状について、
何かしらの答えを期待して、
前に踏み出すしかない。

こうして話ができるから
安心してしまっているが、
私が目を覚ましてから、
まだ二人の人間としか会えていないのだ。

どんな些細な情報であっても、
今の私には必要なものであるはずだ。

私

えっと、
ちょっと変な話をするけど、
いいかな?

芹

いいよ

それにしてもこの即答、
とても気持ちの良い反応である。

私

口下手かもしれないけど、
聞き上手なのかもしれないね!

芹ちゃんの反応を嬉しく思いながら、
私はゆっくりと話し始めた。

私

えーっとね、
私・・・記憶がないみたいなの

芹

・・・

私

それから、名前も分からない

名前だけじゃなくて、
どうしてここにいるのか、
ここがどこなのかも、
何もかもが分からないの

端的ではあるが、
これが紛れもない事実である。

芹

何にも、覚えていないの?

私

うん、何にも

芹

そう・・・記憶が・・・

私の話を聞いた芹ちゃんは、
眉間に皺を寄せながら考え込んでしまった。

けれどそれを黙って眺めているわけにもいかず、
私はすぐに質問を投げた。

私

芹ちゃん、
ここってどこなの?

芹

ん・・・それはこの場所のこと?

私

うん。どこの駅なんだろう

芹

それは私にも分からない

私

え?

芹

だってここは、夢だから

私

へ?
夢?

芹

うん
だから私はこの場所を知らない

私

それは・・・

どういう意味なのだろうか。

芹

そう、夢

眠っている時に見る、あの夢

私

それってつまり、
私は今夢を見ていて、
それを知覚しているってこと?

それってつまり・・・正夢?

そう考えるしかないのだけれど、
そもそもの話、ここが夢である確証はない。

芹

まぁ、信じられないとは思うけど

私

そ、そりゃあ・・・
いきなりそんなこと言われても
信じられないけど

とはいえ現状の不自然さを思えば、
そうなのかもしれない、と
思えなくもないのだけれども。

芹

あなたは今、夢を見ているの

もちろん、私も

で、同じ夢の中で、
こうしてお話しをしてる

私

え、同じ夢を見るだなんて
聞いたことないんだけど

芹

そうだね、普通じゃない

でも、これは現実

まぁ、夢の中だけどね

うん、意味が分からない。

私

どういうこっちゃ・・・

芹

それと、
この夢は私のでもなければ、
あなたの夢でもないの

私の中の夢の定義にヒビが入り始めていたが、
芹ちゃんの口は止まることはなかった。

だから私は疑問を頭の隅っこに保留しながら、
会話についていくことを優先した。

私

それじゃあ誰の夢だって言うの?

芹

さっき私が蹴り飛ばした、あの子

私

え、茜ちゃんの?

芹

・・・名前、知ってるんだ

私

うん

聞いたら教えてくれたの

それ以外は
何も教えてくれなかった、
というか会話が成立しなかったけど

芹

そう、あの子が質問に・・・

また眉間に皺を寄せ始めた芹ちゃん。

私

どうしたの?

芹

あ、うん・・・まだ自我が
残っていたんだなぁ、って

私

それってどういう・・・

芹

あの子・・・
茜さんって言うんだっけ

私

うん
茜ちゃん

芹

その茜さんは、
夢に囚われてしまっているの

私

夢に・・・?

芹

そう・・・夢

白髪鬼っていう、夢に

私

はくはつ・・・き・・・

聞きなれない単語が出て来た。

芹

でもそれは茜さんの事情で、
あなたの事情じゃない

私

・・・?

芹

私もあなたも、
本来なら他人の夢に
干渉なんてできない

でも、此処に居る

茜さんの夢の中に、居るの

口を挟みたくなるけれど、
今は芹ちゃんの話をしっかりと聞こう。

たぶん、
今芹ちゃんが
話してくれていることは、
とても大事なことだと思えるから。

私は口を噤み、耳を傾けた。

芹

きっとあなたはあなたで、
何かに囚われている

だから此処に来てしまって、
此処に居る

たぶん、
記憶がないのもそこに起因してる

私

あれ、でもそれなら・・・

芹

それが何かは、
今の私には分からない

だから、少し時間を頂戴

それについては調べておくから

私

え、調べるって・・・
どうやって・・・

どう調べるかは知らないけれど、
そんなことができてしまう
芹ちゃんはいったい何者なのだろうか。

芹

それは秘密

あなたのことを調べて、
あなたのことを知って、
その上で話してもいいと思えたら、
色々と話してあげる

私

そ、そう・・・

要するにまだ信用されてないってことだった。

私

自分のことすら分からないし、
それも仕方がないかぁ・・・

芹

あとは・・・そうね
何か聞きたいこととかある?

そう言われて、
私はすぐに疑問に思ったことを
聞いてみることにした。

私

えっと、
私が何かの原因で此処に居るのは
分かったんだけど・・・

それじゃあ芹ちゃんは
どうして此処に居るの?

芹

茜さんを助けたくて、
此処に来たの

私

茜ちゃんを助ける?

芹

ええ

だってあの子は今、
夢に喰われて、
正気を失っているから

私

確かに普通じゃなかったよね・・・

会話は成立しないし、
いきなりチューしてくるし

でも夢に喰われるって
どういうことなんだろう

芹

だからあなたを見た時、
正直驚いたの

誰も居ないはずの世界に、
知らない人がいるんだもの

私

誰も居ない・・・か
確かに他に人が居ないんだよね

茜ちゃんと芹ちゃん以外
見かけないし

芹

此処はそういう夢なの

人の居ない世界
人が居なくなってしまった世界

そう聞くと、
なんだかとても物騒な世界に思えた。

芹

だからある意味で、
あなたがあの子の近くに
居てくれて助かった

もし離れていたら、
私はあなたの存在に
気付けなかったんだから

私

な、なるほど・・・

私が茜ちゃんに唇を奪われたのにも
ちゃんと意味があったんだね

役得、ってだけじゃなかったらしい。

芹

だけどあれはダメよ

もしあのままあの子に
接触し続けていたら、
あなたは消えていたと思う

私

へ?

夢の中でのチューは
殺傷能力あるというのだろうか。

芹

だって――――んっ

台詞を急に切った芹ちゃんは、
表情を険しくしながら、
ベンチから立ち上がった。

芹

思ったよりも復帰が早い・・・

私

あ、え、あ・・・ど、どうしたの?

芹

あの子が来る・・・

逃げるよ

またしても私の手を掴んだ芹ちゃんが、
立ち上がるよう促してくる。

だから私は自然と立ち上がった。

私

く、来るって・・・

茜ちゃんが!?

芹

うん・・・だから、行くよ

私

い、行くって・・・どこに!?

そんな私の質問に、

芹

どこって・・・安全な場所、かな

そう簡潔に答えるのだった。

私

夢の中にある安全な場所って
・・・・・・どこ?