天正十年 六月五日 早朝
備中国 道中
天正十年 六月五日 早朝
備中国 道中



秀吉様。じき、沼城に到着致します





うむ…丹波の亀山の様子は聞き及んでおるか?





まだですね。ですが、京都にて我が隊の迎撃準備を進めているころかと思います





どうかの?まだ儂が裏で糸を引いておったとは思ってもおらんのではないか?





普通ならさもありましょうが、光秀様は一筋縄で行くような御仁でもありますまい





まぁ、そうじゃの。しかし、戦に備えておるということならわかりやすくていいんじゃがな





…確かに、そうでございますね。力で押し込み、明智光秀は謀反人だと声をあげれば良いわけですからな





そういうことじゃ…じゃが、そうじゃの…怖いのは、その裏、か





裏、と申しますと?





光秀殿が儂の考えておる以上に才気に秀でていたとしら、儂が仕組んだとは明るみに出ずとも、自らが汚名を被ることになるだろうというのは気づくかも知れん





そうなれば、儂が京へたどり着く頃には、光秀殿の地盤固めが終わってしまう可能性もあるかもしれんしの





はっ、確かに…





各国に使者を飛ばしたが、ふむ…やはり磐石とはいかんのう





いかがなさいますか?





…あまり時をかけて柴田のじじいが戻って来るとなると厄介ごとが増えそうじゃ。沼城に着いたら沙汰を決めよう





と、申しますと?





淡路でなにやら騒いでおるのがいる、とか報告が入っておったな





はっ。洲本周辺に先の淡路征伐の残党が集結中とのことでした





ふむ、明智方とは限らんが、しかし、四国の長宗我部と明智はつながりもあるからの。明智に与した、といい添えて粛清してくれよう





戦を始めるのですか?





何事も実績を作っておくものじゃ。謀反人に与した一族を討伐した、とふれておけば良い。なに、一隊で事足りるじゃろう





ふむ…それならば、我が手勢を裂かずとも良いのではございませんか?





…聞かせよ





はっ。土豪に秀吉様から沙汰を届ければよろしいかと。淡路掌握のためと、明智殿討伐後、御屋形様の傘下の者共を引き連れるにはこの段で秀吉様が指揮を執っておくべきと存じます





ふむ、なるほどのぅ。時はかけずとも、指示と挙兵を促すことは有用だということだな





はい





ふむ、それで行こう。誰ぞに文を書かせよ。確か淡路には広田とかいう氏族がおったな。あそこが良かろう。各地にも追加の早馬を走らせて協力者を募るべきじゃな





おそらくは





くふふ、急いてしまうが、仕方ないのう。じき、儂の前に各国守が頭を下げる日が来ような。いやはや、笑いが止まらんわい





ん、秀吉様。沼城がみえてまいりました





おぉ、ようやくじゃのう。各隊を急がせよ





はっ


天正十年 六月五日
三河 岡崎城 城外



ぐぬぬ、各人、準備は良いか!?敵は明智方じゃ!油断するな!





忠勝殿、落ち着いて。相手の出方が分からないのに斬って行ってはなりませんぞ





ぐぬぬ!あの様な数でこの忠勝の相手をしようなどと、笑止千万!





だーかーら。そう殺気立ってたらなんにもなりませんぞ。とにかく、服部殿の帰りを待つべきでござる





話し合いなんぞしてどうする!あのようか寡勢、一気に押し包めば勝負は決まったようなもの!





あーもう、ダメだこれ。殿!殿ぉーー!!忠勝殿が限界でございますーー!


@城壁内



なんとか持ちこたえろ!ここが正念場だ!





いや、殿、戦う前から正念場って…





おぉ!終わったようだぞ!





服部殿、首尾は?





開戦は何刻でござるか!?





戦をするつもりはないようです





なんと!?





…如何した?





其れがしもまだ信じられぬ思いですが…





どうされたというのだ?





…このような場所では、話しにくいことです。まずは殿に話をお通ししてまいります





ふむ…我々では手に余る、と申すか…分かり申した…あ、そうだ!忠勝殿!服部殿と一緒に殿のところに行かれてはいかがかな!?





ぬぅ!?拙者を前線から遠ざけるのか!?





そうではござらんが…あぁ、ほら、戦を勝手に仕掛けるわけにも行くまい?その、殿に最後の判断を伺いに行くべきでは?





おぉ!確かに!ならば服部殿!すぐ参ろう、今すぐ参ろう!





まったく、忠勝殿といると余計疲れる…





豪気でございますからなぁ





あんなのは豪気とは言わん。節操がないと言うか、な





ずいぶんな言いようでございますな





しかし、それはそれで生き方があるのがこの戦国の世だ





げに、ありがたいごとでありますね





恨めしくもあろう…こと、このような事態にあってはな





確かに…





…





…





すまぬが、訪ねても良いか?





はっ、如何なさいましたか?





あの、桔梗の紋を掲げた一団だが…





はい、明智光秀様が家紋にございますね





あの先頭にいる人に見覚えがあるんだが…お主、知らぬか?





どこぞの名のある武士ではございませぬか…?むぅ、あれは明智左馬之介秀満様ではございませぬかな?





いや、左馬助殿はわかっておる。その隣の御仁だ





隣、と…?





…


ゴシゴシ



…





見間違え、ではござらんな?





…か、替え玉ではございませぬか?





うむ…その可能性もないこともない、が…





…でも、そっくりですね





うむ…よもや、殿の考えていた通りであったか…?





康政様…?





…やはり、間違いはござらんな…あれは、信長様がご嫡子、信忠殿でござろう!





おぉ!服部殿!殿は!?





使者をお通しせよ、とのことだ





服部殿、あの御仁は…!





はい、どうやら、殿の申されていたことは正しかったようです


