一斗くんがメイド喫茶に来たあの日にもらったCDには、『Chara』としてのデビューシングルの音源が入っていた。私たちのテーマが『春』であることもあって、明るいメロディーが特徴の新しい出会いにわくわくしているというような歌詞だった。
きらきらしたメロディーが気に入ってついついサビを口ずさんでしまう。



ふんふんふーん♪


一斗くんがメイド喫茶に来たあの日にもらったCDには、『Chara』としてのデビューシングルの音源が入っていた。私たちのテーマが『春』であることもあって、明るいメロディーが特徴の新しい出会いにわくわくしているというような歌詞だった。
きらきらしたメロディーが気に入ってついついサビを口ずさんでしまう。



こんなに素敵な歌が歌えるなんて、楽しみ!


レコーディングの日も近づいていて緊張もしてるけど、何よりはやく一斗くんと歌ってみたいという気持ちの方が強かった。



お疲れさまでした!


そんなわくわくした気持ちで私はメイドの仕事を終えて事務所に向かう。
掃除や後片付けで少々遅くなったのでちょっと駆け足で歩いたから、なんとか時間には間に合う……わけでもなく遅刻。



すみません! 遅れました……って、あれ?


大慌てで事務所のレッスン室を開けるが誰もいなかった。
時間を確認するけどやっぱり10分以上は遅れてしまっている。



もしかして怒って帰っちゃったのかな……。いや、でもそんな人じゃない……よね?


どうしよう、と思っているとがちゃりと扉が開いた。



あの、七瀬深春さんいますか?





み、岬アレクシスくん!?


そこに現れたのは私が待っていた春名一斗くんのユニットである『Radish』で彼の相棒を務める岬アレクシスくんだった。



なんで岬くんがここに……?





あ、よかったらアレクって呼んでください。一斗のことでちょっと……彼、今からこっちに向かうみたいでかなり遅れるって七瀬さんに伝えてほしいって。





あ、そうなんですね。分かりました! あと私のことも深春でいいですよ、アレクくん。





本当にすみません。一斗が言い出したみたいなのに待たせてしまって。というかいつもいつも遅刻ばかり……いつも僕が連絡するまで研究してたり星見てたりして仕事のことはほとんど覚えてないんだから……。代々今日だって深春さんを自分から誘っておいてこれって……まったく一斗は……。


ぶつぶつとアレクくんは一斗くんのことをぼやいているのを聞きながら、そういえば連絡先を交換したのに私のところには何かきてないかな、と携帯を開く。
そこには新着メールが一通あって



すまないが遅れる。アレクシスから詳しくは聞いてくれ。


と書いてあった。普通なら怒るところなのだろうけど、なんだか一斗くんらしくてふふっと笑ってしまう。また、それだけアレクくんを信頼してるんだななんて思った。



『Radish』って普段は正反対なイメージが強いけど、ダンスとかもきっちり揃ってるし、やっぱりあれは仲がよくないとできないことだよね。アレクくんもこんなこと言ってるけど嫌いだったらこんなに面倒見たりしないと思うし……。一斗くんも信頼してるから大学の勉強とかに打ち込めてそうだし……いいコンビなんだなあ。


まだぶつぶつと何かをつぶやくアレクシスくんの顔も本当にいやそうではなく、まったくしょうがないなとあきれる母親のようだった。それが面白くてついまた笑ってしまう。



……笑えるほどあきれちゃいますよね……本当にすみません……。





あ、いえそういうことじゃなくって! 二人とも仲がいいんだなって思って……やっぱりユニットっていいなあ。うらやましいなって思っちゃいました。





……深春さんは一斗とユニットを組むんですよね?





は、はい! 期間限定でですけど……。





期間限定でもユニットはユニットです。相手があの一斗だけど……一斗は、やるときはやる奴です。遅刻とか平気でするし問題も多いけど、一度受けた仕事は完璧にやり通すんです。





大変なことも多いと思いますけど……一斗のこと、よろしくお願いします。ユニットの、パートナーとして。





っ、はい! 二人で仲良く最高の曲を届けられるよう、がんばりますね!


私が大きくうなずくと、アレクくんはふわりと笑った。



……でも、一斗は僕の相棒ですから。





? 何か言いましたか?





いえ、なんでも! というか一斗まだかな……いい加減事務所についてもいいと思うんだけど……。


そうアレクシスくんが言ったとき、またガチャリと扉が開いた。



すまない。遅れた。





いぃーーちぃーーーとぉーーー!!!!





ああ、アレクシス。伝言ありがとう。





まったく、今日はRadishとしての打ち合わせもあるんだからな!





分かっている。それまでには終わらせる。……深春もすまなかったな。





あ、いえ! 実は私も仕事の片づけがあってちょっと遅れちゃいましたし……大丈夫ですよ。





深春さん! 甘やかしたらダメです! ちゃんと怒ってやってください!





え、で、でも事実ですし……。





怒らないとまたやりますよ! 怒ってもやるんですから!


いつもいつもこうなんだから、とアレクくんは一斗くんに説教を始める。でも本当に怒ってるわけじゃなくて、やっぱりあきれるお母さんみたいだった。
一斗くんもそのせいかまともに聞いてないみたいで



はあ……一斗、次からはほんっとーに! 気を付けるんだぞ。





……ところでアレクと深春はいつの間に仲良くなったんだ。





ねえ! ちょっとは反省してよ!


なんてまた怒られていた。それを見て私はやっぱり仲がいいんだな、まるで漫才コンビだなんてくすくす笑っていた。



……で、一斗の深春さんへの要件は?





ああ。深春、これを見てほしいんだが。


そう言うと一斗くんは自分のポケットから音楽プレーヤーを取り出して、レッスン場のスピーカーにセットする。
再生ボタンを押して流れる曲は私たちのデモ音源だ。
すると、一斗くんはステップを踏み始める。



ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー……。





……もしかして……。


明るいメロディーにあう軽やかなステップ。
身振り手振りも覚えやすい、踊っていて楽しそうなもの。
でも時折Radishでみられるようなかっこいいダンスもある。それもまたメロディーや歌詞にあっていて、一言で表せば「とにかくすごい」ものだった。
そう、それはやっぱり。



……一斗くんが考えた……振付け……?





……ああ。深春と一緒に踊ることも考慮して作ってみたんだが……どうだろうか?





とっ、とっても素敵です! 曲のイメージにぴったりで……難しそうなところもあるけど、踊ってみたいです!





……そうか。なら、プロデューサーにも交渉してみようと思う。ありがとう。





こちらこそありがとうございます! ますますレコーディングが楽しみになりました!





……本当、一斗のそういうところはすごいと思う。……僕も、負けてられないな。


一斗くんにさっそくダンス動画を送ってもらい、何回も何回も見返す。
見れば見るほど素敵で、こんなにいい歌をこんなにいい振付で踊れると思うとわくわくした。
それと同時にアレクくんと同様、負けていられないとも思う。



……あ! そうだ! ……よし、プロデューサーさんにあとで相談してみよう……!





よーし! 七瀬深春、がんばります!





ああ。一緒に……頑張ろう。


ひらめきは心の内にそっとしまって、私はステップを踏み始めた。
