あの後プロデューサーにユニット名を伝えたら簡単にOKサインが出て、私たちのユニット名は『Chara』に決まった。でもまだCD音源とかができてないからと当面は特に活動はない。相変わらず私はメイドアイドルを、一斗くんはRadishとして活動していた。
あの後プロデューサーにユニット名を伝えたら簡単にOKサインが出て、私たちのユニット名は『Chara』に決まった。でもまだCD音源とかができてないからと当面は特に活動はない。相変わらず私はメイドアイドルを、一斗くんはRadishとして活動していた。



あれから一斗くんに会ってないなぁ……Radishとしてクイズ番組に出てたのは見たけど……。


あの時は時間もなくて慌ててバイトに向かってしまったから、会っていないどころか連絡も取ってない。プロデューサーさんに聞こうかとも思ったけど、忙しいみたいでバタバタしてたから申し訳なくて言い出せなかったのだ。まあもし連絡先を知ってても何か連絡したいことがあるかと言われたら微妙なところな気もするけど。
そんなことを考えているとからんからん、と来店者を告げるベルが鳴った。



お帰りなさいませご主人様……っ!?





ここにいたのか。


お辞儀をして顔をあげると、そこには何故か一斗くんがいた。



い、一斗くん!?





何をそんなに驚いているんだ?





いや、驚かない方が無理があるかと……。


アイドルの、しかもあの春名一斗がメイド喫茶にいる……イメージ的に驚きだしあまりよくない気がする。でも一斗くんは特に気にしていないらしく、いつものような無表情だった。



何でここに来たのかよく分かんないけどとりあえず、今はご主人様……。うん、色々考えるよりまずはきちんと仕事をしないと!





深春?





は、はい! 席へご案内いたします、ご主人様!


あいている席へ一斗くんを案内する。なるべく目立たないところの方がいいかな、と一番奥の端で入り口からは死角になるところを選んだ。あんまり混んでなくてよかった、とメニューを広げると一斗くんは不思議そうな顔をして私を見つめた。



……見たことないメニューばかりだ。よく分からないから説明してもらってもいいか?





あ、はい! かしこまりました!





すまない、頼む。……どういうのを頼むのがいいんだ?


その台詞を聞くからにどうやらメイド喫茶は初めてらしい。ちょっとほっとした。



そうですね、えーっと……私のおすすめはやっぱり『きゅんきゅん☆オムライス』ですかね? オムライスは定番ですし卵がふわふわでおいしいですよ! あと私達メイドがケチャップでご主人様が書いてほしいものをお絵かきするサービスもやってますし。





そうなのか。……これは何だ?





『メイドオリジナル♪紅茶』ですか? これは私達メイドがご主人様の前で紅茶を入れるものです。メイドによって味がちょっと違ったりするらしいですよ。他にも『メイドオリジナル♪コーヒー』とか『メイドオリジナル♪カクテル』とかもメイドがご主人様の前でコーヒーとかを入れるものですね。


この前あるご主人様に『その中でも深春ちゃんの入れたコーヒーが一番美味しいな』なんて言われて嬉しかったなぁ、と考えながら説明を続ける。一通り説明を終えると一斗くんはまた少しメニューを見て、あるメニューを指差した。



じゃあきゅんきゅん☆オムライスと……メイドオリジナル♪コーヒーで。





かしこまりました、ご主人様! 少々お待ちくださいね。





一斗くんの口からきゅんきゅん、とかファンがいたら卒倒するんじゃないかな。


そう思いながらオーダーを受け、厨房に伝える。すると今度は違うご主人様に写真を頼まれたので一緒に写る。さらに他にも一緒に撮ってほしいと何人かのご主人様に頼まれたため応じて、撮影大会が始まった。



深春ちゃんと撮れるなんて本当に嬉しいよ!





私もご主人様が喜んでくれて嬉しいです! ありがとうございました!


最後の写真撮影のご主人様にお礼を言っていると、一斗くんのところに他のメイドがメニューを運ぼうとしていた。



もし一斗くんだとばれたら色々とまずくないかな、いやまあさっき大声出しちゃったからばれちゃったかもだけど……!


慌ててその子のところに向かって声をかけた。



深春ちゃん? どうしたの?





あ、えっと、あのご主人様は私の知り合いなので……私が持っていってもいいですか?





あ、さっき深春ちゃんがびっくりしてた人? これはその方のものじゃなくてその隣の隣のご主人様のものよ。





え、あ、そうなんですか! すみません!


間違えたー! っと顔が真っ赤になる。頭を下げて謝るとその子は気にしないで、というように笑ってくれた。



いえいえ、あのご主人様のものはあっちに置いてあるから、深春ちゃんが運んでくれる?





はい! ありがとうございました!


もう一度頭を下げてから厨房で一斗くんのメニューを取りに行った。そして一斗くんのもとへ向かうと、一斗くんはぼーっと窓の外を見つめていた。



……。





窓から入る光できらきらしてる……一斗くん、すごく綺麗だなぁ。やっぱりアイドルだよなぁ……でもメイド喫茶のこの内装のせいで台無しな気が……やっぱり何でここに来たんだろう?





ご主人様、お待たせしました!





深春。





はい。何でしょうか、ご主人様?





その、ご主人様と呼ぶのはやめてくれないか。一斗でいい。





いやいやいやっ、これはお仕事上そう呼ぶものなんですが……!


今までそんなこと他のご主人様にも言われたことがないので戸惑う。どうしようかと困っていると、一斗くんの眉が少しだけ下がった……気がする。



駄目か……?





分かりました! 一斗くん!


声音も心なしか悲しそうで思わずそう答えてしまう。きっと大抵の人はこう答えてしまうだろうと思えるほど、破壊力が高かった。
ご主人様の意向に沿ってのことだし……と自分を納得させて、私は改めて一斗くんに向き合った。



じゃあ一斗くん、私と一緒にオムライスを美味しくするおまじないをかけましょう!





そんなものがあるのか? 確証は?





その辺はつっこんだら駄目です……。





じゃあ私の動きと言葉を真似してくださいね。いきますよ!





萌え萌えどっきゅん! おいしくなぁれ♡


手でハートを作ってオムライスにおまじない。一斗くんはそれを見て、一瞬きょとんとしたがすぐに自分の手でハートを作った。



萌え萌えどっきゅん、おいしくなれ……? これでいいのか?





はい! ばっちりです!





あの一斗くんが萌え萌えどっきゅんって……ここにファンがいたら本当にとんでもないことになってたよ……!


内心ひやひやしながら一斗くんを見つめる。でも一斗くんはやっぱり気にしていない様子でオムライスを食べ始めていた。すごい人だ。



美味いな。……おまじないのおかげなのか?





はい! 一斗くんと私がおまじないをかけたから二倍美味しいんですよ♪





そうなのか……。





なんだか騙してる感が……一斗くん、そんな深刻に考えないで!





では次に、コーヒーをいれさせていただきますね!


いつものようにコーヒーを淹れる。そういえば一斗くんはよくインスタントコーヒーを飲んでた気がするし、好きなのかもしれない。そう思いながらこと、とカップを置いた。



ありがとう。……美味いな。





ならよかったです!


嬉しくて笑うと一斗くんは何も言わずまた食事を再開した。



深春ちゃん、あちらのご主人様が呼んでるわよ!





分かりました! じゃあ一斗くん、ごゆっくりどうぞ!





ああ。


私は一斗くんにぺこりと礼をしてから、ぱたぱたと呼ばれたほうへ駆けていった。
何人かのご主人様をお見送りさせていただいていると、一斗くんが食べ終わったのか席を立つところだった。



結局忙しくてあんまりお話しできなかったなぁ……あと、やっぱり何で来たのかわからなかった……。





一斗くん、今日は来てくださったのにあまりお構いできずすみませんでした……。





いや、忙しそうだったからな。それにしても深春はすごいな。





へ?


きょとん、と一斗くんを見つめると一斗くんはメイド喫茶を見回すように首を動かした。



ここにいる皆を笑顔にしている。皆帰るときには笑顔で、『また帰ってくる』と言って行く。俺にはできないことだ。





あ、ありがとうございます……。でも、一斗くんも十分色んな人を笑顔にしていると思いますよ?





そうか? でも俺は深春のようにここまで人を笑顔にさせられていないと思う。……やっぱりアイドルだなと改めて感じた。





深春はどういう思いでアイドルとメイドをやっているんだ?


そう聞かれると少し難しい。でもこれは一度プロデューサーにも聞かれた質問だ。あの時はアイドルを初めて間もなかったからよく分からなかったけど、今は確かな思いがある。



……私は、アイドルもメイドも心は一緒、御奉仕の精神だと思ってるんです。
だって、アイドルもメイドも私が頑張れば頑張る分だけ、皆さんに御奉仕させていただく分だけ皆さんが笑顔になってくれると思うから……。私はご主人様達の、皆の笑顔が大好きだから、少しでもたくさんの人を笑顔にしたい……だからアイドルもメイドも両方やりたいと思って今までやってきました。まあお金の問題とかもあるんですけど……でも一番はこの気持ちです。





なるほど……。


それきり一斗くんは黙り込んでしまった。何かおかしなことを言っただろうか、と不安になる。沈黙に耐えられなくて私は一斗くんに声をかけた。



やっぱりおかしかったですかね……?





いや……深春と組めてよかったと思っていただけだ。


一斗くんの言葉は少ないけど、その分心に響いた。一斗くんの言ってくれたことが嬉しくて、私はにっこりと笑った。



私もです! これからもっと一緒に活動することになると思いますけど頑張りましょうね!





ああ。じゃあまた。





はい。ってああ! そうだ!


私はポケットを探って名刺を取り出し、一斗くんにつきだした。



この前連絡先交換するの忘れたから……私の番号これなんで登録してもらえたらと思って。





ああ、そういえば……。じゃあ後でここに連絡する。深春はそれで登録してくれ。





はい、了解です! それじゃあまた……。





……あと、俺も言うことがあってきたのを忘れていた。





やっぱり何かないと来ないですよね……よかった……。


ちょっとほっとしていると、一斗くんは鞄からCDを取り出した。



プロデューサーが忙しいから頼むと言って渡してきた。……Charaの曲ができたらしい。





本当ですか! これが……家に帰ったら早速聞きますね!





ああ。レコーディングの日程は後でメールする。





分かりました! よろしくお願いします!





じゃあ、また。





はい! 行ってらっしゃいませ一斗くん!


私はとびっきりの笑顔で一斗くんを見送った。
