昼休み。沙希が立ち上がり、俺の席に近寄る。



かずくん、お待たせ





おう


昼休み。沙希が立ち上がり、俺の席に近寄る。
俺はそんな彼女に微笑んでみせた。楽しい昼食の時間だ。



今日のお弁当はかずくんの好物です





えっとチンジャオロースかな?


花が咲いたように微笑みが目の前に広がる。



その通り~、どうぞ召し上がれ


沙希は俺の方に重ねていた弁当箱のひとつを押しやりつつ、向かいの席に座った。
沙希が今しがた腰掛けたその席の男子は、気を効かせてか昼休みが始まると毎度早々に学食へと向かう。
そのおかげで俺はつつがなく沙希と向い合って、沙希の作った弁当を食べられる。
些細な感謝を心の中でつぶやいてみたりする。
本人には届かないけど。
なんて声なく嘯きながら。
俺は沙希と一緒にいただきますをして、弁当箱の蓋を開けた。



お、すごくうまそう


用意してたセリフを声に出す。



でしょ?えへへ、今回はうまくいったんだよ





今回はって、いつもうまいじゃないか


実際のところ美味しそうなのは嘘でなくて、俺はうきうきした気分で早速箸をつける。
演技でも、なくて。



おぉ、やっぱりうまいじゃん


そしてもう一度、用意してたセリフを。



こんなうまい弁当を作ってくれる幼なじみを持って、俺はいつ殺されても文句は言えないな





えー、大げさだよ。
でももっと感謝してくれてもいいよ。例えばお返しにデートしてくれたりとか





ほんと、毎日ありがとな





身体張った渾身のネタが、自然になかったことにされて恥ずかしさに悶えてるけど、かずくんが喜んでくれてなによりです


そう言って沙希はヤケ気味に、照れくさそうに、笑った。きっと本当に喜んでくれているに違いない。俺なんかの笑顔に。
俺は笑って見せた。



でも毎日大変じゃないか?ありがたいけど無理しないでくれよ?





大丈夫だよ、楽しいから


どこかズレたことを言う沙希の笑顔には嘘偽りがないようだった。
そのとき教室の向こう側で喧騒が広がった。少し緊張する。
沙希に気付かれないようさり気なく目を向けると、女子の集団がそれぞれの弁当を囲んで楽しそうに騒いでいる。
どうやら昨日のトーク番組で暴露されたアイドルの恋人の話題らしい。
思っていたような事態ではなく、俺はきっかり緊張した分だけ少し安心した。
ふと思いついて目の前の幼なじみに訊いてみる。



そういえば、沙希はあいつらとは食べないのか?





あいつら?あぁ、坂崎さんとか?


彼女は箸を咥えたまま背後を振り返った。



うん、いつも俺とばっか食べてんじゃん





うーん、何度か一緒に食べさせてもらったこともあるけど、残念ながら、なんか馴染めかったんだよね


そう言って沙希は困ったように笑った。わかる気がする。
沙希は彼女たちとは雰囲気が違う。育ちといったほうがいいかもしれない。
それが良いことなのか悪いことなのかは知らないけど。



ふーん


俺はあえて気のない返事をした。そのことは彼女に誤解をさせたようだった。



あ、えっと。それにかずくんと食べるの楽しいし、弁当も作ってあげられるし





はいはい





ほ、ホントだよ?!


別に疑ってなんかいないけど照れくさかったのでそういうことにして笑った。
楽しい昼食。
大丈夫、いつも通り。
