翌日、
家庭教師が挨拶に来た。
私は、黒川と桃の三人で
家庭教師を出迎えた。
桃が愛読している
ファッション雑誌から
そのまま出てきたような
『今どき女子』ですな。
うっすら化粧をしている
感じからして、
二十歳前後だろうか。
「はじめましてー。
佐藤ミサでーす」
佐藤ミサさんは、
迷うことなく桃に笑顔を向けた。
「あ……。
お嬢は、こっちだからね」
桃が私を
佐藤ミサさんの前に押し出す。
「エッ? 嘘ッ!
このジャージの子が
お嬢様なの?
ヤダー。
間違えちゃったー。
ゴメンナサーイ」
佐藤ミサさんは、
自分の顔の前で手のひらを広げて
口を隠し、驚いた顔をした。
「よろしく、
ジャージ姿のお嬢様。
私の事は
サトミンって呼んでね」
「ヨロシク、サトミン。
私の事は
ジャージーって呼んでねッ!」
黒川が勝手に
腹話術で自己紹介をした。
いや。
私は『ジャージー』では
ありませんし、
全く腹話術になっていませんし。
「サトミン、
私の部屋に案内するわー。
付いて来てー」
黒川。
その腹話術は
いつまで続けるつもりですか?
「佐藤さん。
ジャージーは慣れるまで
少し時間を要するかもしれないが、
よろしく頼む」
黒川が
私の部屋を案内しながら言った。
もう、
ずっと黒川で喋っていれば
良いのではないだろうか……。
「あ。
私、大学で生物学を
専攻しているから
大丈夫ですよー」
「ハハハ。
それは頼もしいな」
黒川と佐藤ミサさんが
二人で盛り上がっている。
生物学で
私に何をするつもりですか?
「それで執事さんのお名前は?
何て呼べばいいですかー?」
「腹黒執事の黒川です。
腹黒川でも真っ黒川でも、
お好きなように
呼んでください」
佐藤ミサさんが
黒川に質問してきたので、
すかさず私が答えた。
黒川が
滅茶苦茶私を睨んでいる。
おお、怖い!
少しふざけただけなのに。
「佐藤さん。
お茶の用意をしてくるから、
しばらくジャージーと二人で
会話でもしていてくれるかな」
「ハーイ」
黒川が私の部屋から出ていった。
「ふー……」
部屋の扉が閉まると、
佐藤ミサさんが私のベッドに
ドサッと腰を下ろした。
「でさー、ジャージー。
アンタの屋敷に
執事やメイドは
何人いるんだ?」
は?
え?
ン? ……ンン?
佐藤ミサさん、
先程と声のトーンも喋り方も
変わっていますよ?
「まず、
玄関で
アンタの隣にいた女は誰だ?」
「え? 桃の事ですか?」
「名前なんか知るかよ! 馬鹿!」
佐藤ミサが舌打ちをした。
「も……、桃は執事です。
女ではなくて、男です」
「ハァ? 男?」
佐藤ミサ、
またもや舌打ち。
「……で、
何人執事がいるんだよ?」
「桃と、
先程ほどの真っ黒川と、
あと三人です」
「男ばかりか?」
「……ハイ」
「チィッ!」
佐藤ミサは
三度目の舌打ちをした後、
立ち上がって
部屋中を物色し始めた。
「あ……。
えーと、佐藤ミサさん?
今、何を
なさっているのですか?」
「うるせー! 黙ってろ!」
「あ……、ハイ」
私が立ちすくんでいると、
部屋の扉を
ノックする音が聞こえた。
「ハーイ」
佐藤ミサが
スルリと扉を開けに行く。
「黒川さん。
お茶、持ちますよー?」
佐藤ミサ、
黒川に笑顔を向ける。
「佐藤さんは
気を使わなくて良いよ。
お嬢、
何、
ぼさっと突っ立っているんだ。
佐藤さんを
椅子に座らせて差し上げろ」
「あ……、ハイ。
佐藤ミサさん、どうぞこちらに」
「やだぁー。
サトミンでいいのにー」
テーブルに着くと、
黒川がお茶を淹れた。
「黒川さん。
ジャージーは、
どの程度の知能なのですか?」
「ああ。
最近のテストの答案を
まとめたファイルを
持ってきたから
見てくれるかな?」
ぎゃー。
黒川、
勝手に見せないでー!
佐藤ミサ、
勝手に見ないでー!
「さすが黒川さん。
では拝見しまーす。
わあっ!
酷い点数ですね!
私なら生きていけなーい」
「ハハハ。
お恥ずかしい限り」
黒川、
何照れているんだ。
少しはフォローしろ。
「お嬢、
煎餅を食う音がうるさい。
静かにしていろ」
「バリッ。
ボリッ。モッシャー!」
「佐藤さん。
ジャージーはこんな奴だが、
家庭教師を
お願いしてもいいかな?」
「もちろん大丈夫ですよー。
私、チンパンジーの里親を
した事がありますから」
「それは頼もしい」
「バリッ!
モッシャモッシャ!」
「では、
来週からお願いするよ」
「分かりましたー」
佐藤ミサは
私と黒川に見送られ、
タクシーで帰っていった。
「お嬢、
お前のあの態度は何だ?
佐藤さんと俺の
煎餅まで食って……。
失礼だろう」
「黒川。
私、佐藤ミサさんと
上手くやっていく
自信がありません」
「またそんな我が儘を言って。
勉強がしたくないだけだろう?
少しは頑張れよ」
黒川はため息をついて
屋敷の中に入って行った。
黒川。
悪い予感しかしないよ……。
黒川、お願い。
気付いてよ……。