黒川や白石に頼み事をする時の
極意。
ひとつ、奴らの機嫌の良い時を
狙う。
ふたつ、ふざけてはならない。
みっつ、最後まで低姿勢を貫く。
よっつ、黒川を重点的に攻めろ。
白石はラスボス。
いつつ、困った時の青田頼み。
むっつ、当たって砕けろ。
玉砕を恐れるな。
今までの勝率は二割……。
奴らが一日の中で比較的機嫌が良くて、
助け船を出してくれそうな青田がいる時間。
それは夕食時。
ここに百点満点の答案用紙があれば、
黒川の機嫌を取ることは容易である。
だが今、私の手に握られているのは、今日返されたばかりの六十五点という微妙な点数の答案用紙だ。
……よし。
この答案は黒川の枕の下にでも敷いておこう。
演劇部の入部届に白石と黒川のサインさえもらえれば、後はどうなったって構わない。
私は黒川がキッチンで夕食の準備をしているのを見計らって黒川の部屋に侵入し、黒川の枕の下に六十五点の答案用紙を敷いた。
第一関門突破!
テストで機嫌は取れないけれど、
私には秘策がある!
毎週、皆で見ている連続ドラマが
本日最終回を迎える。
毎回、涙無しでは見られない
このホームドラマを、皆楽しみにしている。
この話で盛り上がった隙に黒川と白石に
サインさせるといった作戦だ。
うー。緊張する。
いち早く席に着き、
テーブルの下に入部届を隠した。
「お嬢、
暇なら料理を運ぶのを手伝えよ」
赤井がテーブルに大皿を置きながら言った。
「暇ではありません。
只今イメージトレーニング中なのですから」
「は? 何の?」
「何でもいいでしょう?
放っておいてください」
「うわー、どうせまた良からぬことを
考えているんだろう?
黒川君に言ってやろう」
「赤井、お前は先生に告げ口する
小学生ですかッ。
お子様ボーイには付き合っていられませんよ。
とっとと私の白米を運んで来なさい」
「……。黒川くーん」
「コラ待て赤井!
いや、待ってくだせぇ赤井様。
言います言います。
赤井にだけは私の計画を特別に教えて差し上げます。
だから皆には内緒ですよ?
それから、赤井も私の計画を手伝って下さいよ?」
「おー。何だ何だ?」
赤井が目を輝かせながら隣の席に腰を下ろした。
本当は青田に手伝ってもらいたかったんだけどな……。
「実はワタクシ。
本日、松田先輩から演劇部の勧誘をいただきまして。
演劇部に入部したいのです」
「いいじゃん。
お嬢、今まで何もしていなかったのだから、
入れば?」
「それがですね。
入部するには入部届けに黒川と白石のサインを
貰わなければならないのです」
「黒川君も白石君もサインぐらいしてくれるだろう」
「ノンノン!
奴らが簡単にサインなどしてくれるはず
ありませんよ。
志望動機やら熱意やら根掘り葉掘り聞かれて、
結局最後は反対されるのです。絶対に!」
「あー。何となく想像出来るな。
お嬢、志望動機を聞かれたら、
何て答えるつもりだ?」
「ワタクシ、高校を卒業したら二、三年アイドル活動をし、最終的に女優になるつもりです」
「お嬢、悪い事は言わない。
その夢、諦めた方がいいぞ」
「わー。何故ですか?
やってみなければ分からないじゃないですか。
ドリームズ・カム・ツルーですよ」
「ドリームズ・カム・トゥルーな」
「知ってますよ。ト……、トルー……。
発音が難しいだけです」
「滑舌が悪い時点で、
女優になるのは壊滅的だぞ」
「だから演劇部に入って練習するのです。
幸い私の演技力は、
松田先輩のお墨付きですからッ!」
「ふーん……」
よし。
赤井の説得完了。
駄目押しで嘘泣きでもしておくか。
「あ、赤井……。
ううっ。女優は私の小さい頃からの夢でっ。
ヒック……。
だから……、だからお願い。ヘック……。
私の夢を応援してッ! ヘコッ!」
「……ああ。分かったよ。
女優になれるかどうかは別として、
お嬢が演劇部に入部出来るよう、
応援してやるよ」
「赤井。ありがとう」
フフッ。
赤井を落とすのは、
赤子の手を捻るようなものですな。
ヘコッ。
「おやおや、珍しい。
赤井君とお嬢が二人仲良く何の話をしているのかな?」
青田が皆の白米を運んできた。
「な……、なななな、何でもないよな。
なー? ど嬢」
うわー。赤井が緊張している。
緊張しすぎて、体がガチガチになっている。
コイツを味方にして良かったのだろうか?
ヒィック。
「全く……。
二人とも話など後にして夕食の準備を
手伝ったらどうですか?」
キター!
ラスボス白石が現れたー!
「ご、ゴゴゴゴゴメン。白石君」
赤井の緊張、MAX!
「皆、揃ったか?
では手を合わせて。いただきます」
黒川の号令のもと、
夕食もとい戦が始まった。
「イタダキマスッ! ヘコッ!」