被害者の死体を前にして探偵は語る。
この豪華客船の旅を恐怖のどん底に陥れた連続殺人事件――それがまさに今解き明かされようとしていた。
張り詰めた空気の中、それでも私は内心そっと安堵していた。
――やっとすべてが終わる。
たまたまこの船に乗り合わせた探偵が室内だというのに帽子を深くかぶりなおし、厳かに言い放った。



これでやっとすべてが繋がりました


被害者の死体を前にして探偵は語る。
この豪華客船の旅を恐怖のどん底に陥れた連続殺人事件――それがまさに今解き明かされようとしていた。
張り詰めた空気の中、それでも私は内心そっと安堵していた。
――やっとすべてが終わる。
たまたまこの船に乗り合わせた探偵が室内だというのに帽子を深くかぶりなおし、厳かに言い放った。



犯人は――あなたです


そうして探偵が指さした先にいたのは――私だった。



ハァ?


ハック・ディテクティブ
思わず間抜けな声を発する私とは対照的に周囲では「な、なんだってー」「まさかそんな」「お嬢様が犯人だったとは……」「今まで俺達は騙されてたんだ」とかなんとか勝手に盛り上がってる。
――え? ちょっと意味分かんないんだけど……。



えっと…………頭大丈夫ですか?


否定する私に対し、探偵はさも訳知り顔で肩をすくめる。
――いやいやいや。
――いやいやいやいやいやいや。
なんでそんな、聞き分けの悪い子供を相手にするような態度を取るの? 全然意味が分からないのですけれど。



これまでの事件をおさらいしましょう


あ、なんか勝手に話進め始めた。



まず第一の事件。豪華客船が出航した夜、最初の被害者たるM氏はこのホールで行われていたパーティに参加していましたが、22時頃より姿が見えなくなり、22時半頃に死体となって客船中央にあるプールで発見されました


ふむふむ。確かそんな事件だったわね。



何度か聞きましたが、その時刻、あなたは何をしてましたか? 皆の前で改めて証言をお願いします


何故か犯人を追い詰めたかのような雰囲気で語る探偵。



……え? 私は気乗りしないからパーティの乾杯が終わった後、すぐさま自室に帰ったわよ





その後はずっと一人でしたか?





ええ





それを証明出来る者は?





……まあ、いないわよね。一人だったもの


素っ気ない私の態度に、周囲の乗客達の目が猜疑心の色を増すのを感じた。
――うーん、こっちは本当のこと言ってるのになんでそんな怪しい目で見られないといけないのよ。



パーティの直前、あなたは被害者と口論になってるのを目撃されています





あー、はいはい。そんなのあったわね。どうでもいいことだったから忘れてたわ


私がため息をつくと、探偵はそれみたことか、と言わんばかりに声を一オクターブあげる。



どうでもいいことですか?!
何人もの人間が、あなたが被害者の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけているところを目撃しているのですよ?!
あなたは最初の事情聴取でそのことを話しませんでしたね。
意図的に隠していた。そうでしょう?


そんなことを言われても困る。
本当に、今の今まで忘れていたのだから。



ワシの愛人にならんか? と言われたからぶん殴っただけよ。
でも、これくらい私の地元じゃよくあることだし、気にすることじゃないわ。一発ぶん殴ったら忘れるのが普通よ





ハッハッハッ、嘘をつくならもっとマシな嘘をついてはいかがですかな、お嬢さん


探偵は何故か笑みを浮かべ、聞き分けのない子供をあやすように語る。



M氏と私は二十年来の付き合いですが、彼は愛妻家で、とても紳士な男でした。
身内の身びいきを差し引いたってそんなことを言う人物ではありませんでしたよ


探偵の言葉に周囲にいた他の乗客達がおおぉー、と納得の声をあげる。
――いやいやいや。
あの男、下ネタをガンガンぶっ込んでくる相当なセクハラオヤジだったわよ? こいつ友達を見る目ないでしょ。



あなたのような美しいお嬢さんがそんな荒事に慣れているようには見えない。下手な嘘は早々にやめる方がお互いの為だと思いますよ?


ダメだこいつ、完全に自分に酔ってる。
なんでここまで自信満々なのかしら。



いいでしょう。話を進めます。
二つ目の事件の話をしましょう。
騒ぎの後、私とたまたま乗り合わせていた警部補どのと協力し、事情聴取を行いました。
しかし、あなたの姿だけは見あたらなかった





そうね。





どれだけ部屋の外から呼びかけてもあなたは反応せず、ホテルスタッフが合い鍵を開けると、あなたの部屋から友人のS嬢が死体となって発見された





そうそう。不思議なのよね。
たまたま騒ぎがあった時、私はお腹壊してトイレに行ってたのよね。で、トイレから出たらSが死んでるって聞かされてびっくりしたわ


なんだか色々と不思議なことが起きてるとその時の私は思った。



おかしいじゃないですか。事情聴取を開始した時、私と警部補とその部下ですべての部屋とトイレを探し回っていたのに、あなたを見つけることができなかった。
そして、あなたの友人も何故かあなたの部屋で殺されていた。これが偶然で片付けられると思いますか?





そうね。何か悪意があるんでしょうね。誰がやったか知らないけど


ホント、真犯人もわざわざ私の部屋にSの死体を置くなんて紛らわしい真似をしてくれる。



……あなた、友人が死んだというのに酷く淡泊ですね





大して仲良くなかったしね


あの子性格悪かったから死んで当然ってところもあったし。



更に第三の事件、その日の晩に予定していたパーティは中止となり、みなさんにはこのホールに集まって貰いました





あーあのなんか意味のない対策ね





その時あなたは、『もうこんなの付き合ってらんない。私は勝手に行動するわ』と言って無理矢理このパーティ会場から出て行きました


そうね。
だってみんな辛気くさい顔してたし、人が多いところは嫌いだったので私はとっとと外へ出て行ったのだ。



あなたを心配して警部補の部下があわてて後を追いかけ――そこで乗員名簿に載ってない身元不明の男の死体が発見されました





ぶっちゃけそいつが犯人じゃないの?





さあて。可能性はゼロではありませんが、それは短絡的な発想ですね。あまりにもデキすぎている。
だから、逆にこの謎の男性は濡れ衣をかぶせられた可能性が高い


そう、あなたの濡れ衣をね、とこう言う時だけ慎重な意見を語る探偵。じゃあ私が犯人だってのも視野狭窄もいいところでしょうに。
なんていうか、よくテーブルの下にある死体を発見出来たものだ。



ところで――、あなた、左の袖口のボタンがないようですが?





あ、ホントだ。いつの間にか取れてたみたいね





いつなくなったか覚えてますか?





いや、今気付いたところだけど





そのボタンなら……このK氏の死体が握りしめてました


と探偵はドヤ顔で語る。
そう言うことか。この死体の人についてはよく知らないけど、どの事件でも最高に怪しかった私の服の袖を最後の死体が持っていたと。だから、私が犯人だとこの探偵は言いたいのか。



これは罠ね。誰かが私をハメようとしている





言い逃れするのはもう遅いと思いますよ


うーわ、この探偵すごく自信満々で腹立つ。殴ってやりたい。っていうか、殴ってやろうかしら。
でも、ここで暴れてしまったら自分の罪を認めるようなもの。
ああもう、この船に乗り込む時にちょっと嫌な予感してたのよね。
豪華客船に、何故か自称探偵が乗り合わせた、と言うだけでもうこの事件が起きるのは目に見えてた気がする。
そう言う意味では、この事件は探偵が豪華客船にのったせいで起きた《現象》みたいなもんじゃないの、と思うが今更どうしようもない。



さあ、推理パートは終了です。後はあなたが自白すれば円満解決ですよ





そういう空気作るのやめてもらえません? 全部状況証拠だけで根拠として弱いものばっかりじゃないですか





はっはっはっ、犯人の人はみんなそう言う


もしかしてこの探偵、冤罪量産してきたタイプの無能探偵ではないのだろうか。
だとしても、どうすればいい?
いまこの場にいる人間は日本人らしい同調圧力でみんな私を犯人だと思ってる空気だ。嘘でもいいから自白しておけ、みたいな空気がある。
私はそんなものに付き合ってやるつもりはさらさらない。



さあ、懺悔の時間ですよ


自信満々な探偵による勝利宣言も同然な最後通牒。
困ったことに打つ手がない。
こうなったら――。



分かったわ。拘束でもなんでも好きにすればいいわ





おお、では……





でも、罪は認めない。何年かかっても、何十年かかっても、私は真実を諦めない。絶対に自分の無実を証明してみせる


私は探偵を正面からにらみ返す。



私は推理力もないし、観察力もない。
だから今はとりあえず大人しく捕まってあげる。
陸に戻ったら、優秀な弁護士とか雇って、あんたとは違う優秀な弁護士も呼んで、絶対にこの事件を解決してみせる


私が睨むと探偵は肩をすくめた。



ははっ、最初から最後まで威勢のいいお嬢さんだ





いいでしょう。では、次に会うのは法廷で――


と探偵が締めの言葉を言いかけた時――。
パーティ会場の扉が開かれた。



あー、探偵さーん、乗客の一人が罪の意識に耐えきれなくなって自白しましたよ


やってきた警部補の言葉に空気が凍り付いた。



あれ? なんすかこの空気?


誰も何も言葉を発しない。
私は――気がつけば笑みを浮かべていた。



お、おっと、お嬢さんどうしたのかな、そんな笑みを浮かべて。なにかいいことでもあったのかい?





……さあ、どうかしら、あなたも探偵なら私の今の気持ちを推理してみたら?





「このクソジジイをぶん殴りたい」





いい推理ね。じゃ、右と左、どっちで殴ると思う?





……ひと思いに右かな?





…………





それとも、左かな?





…………





両方?





…………うふふふ





もしかして、タコ殴りですかぁぁぁ!?





名推理おめでとう♪


かくて、クソ探偵をボッコボコにしてこの事件は解決した!
フラグが沢山立ってるだけで勝手に人のことを犯人扱いしてはいけない!
大事なのは最後まで諦めない心なのであるっ!
ただ、彼女が暴行罪で結局警察に捕まったことだけは付記しておく。
やりすぎにはご注意な!
完
