……さっっっっむ!!

なんだこれ……?

体が芯から冷えきってやがる。

けど、手のひらだけは妙に
ぬるい、いや
熱いって感じか……。

ぬるついた液体が指の
すき間からゆっくり流れ落ちてる。

……なんだよ、これ……水じゃねぇ……




すぐにわかった。
こいつは……血だ。

(は?)
意味がわかんねぇ。だって俺、
そんなことになるような
ケガした覚えなんて──

いや、違う。
そもそも体が……動かねぇ。

胸が、苦しい。息が吸えねぇ。

頭ん中が真っ白で、目の前が
どんどん暗くなって……


く……そっ……誰か……ッ!

声が出ねぇ

体も動かねぇ

沈んでいく

どこまでも

冷たく、暗く──


ザバァァァンッ!!

っはあっ!
はっ、はぁっ……!!

一気に息が戻ってきて、俺は
風呂の中で飛び起きた。

びちゃびちゃに濡れた髪が顔に
張りついてる。

肩で息をしながら、状況を確認する。

……ここは、風呂……か?

ん?





ゆっくりと手を見た瞬間、
目が点になった。

手首が、深く、真っ赤に裂けてる。

そこから……ドクドクと血が
湯に染みて広がっていく。

チィィッ……!

慌てて手首を押さえ、
よろけながら湯船から這い出る。

まるで力が入らねぇ。

けど、止血しねぇとヤバい。

すぐ近くのタオルを掴んで
ガッと手首に巻きつけた。

な、なんだよこれ……なんで俺、手首から……!

ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返し
ながら棚の方へふらつく。

服を探そうと開けた瞬間
視界に飛び込んできたのは──

……な、なんだこれ……パ、パンティー? なんで……女モンの?

しかも横には……
レースのブラジャー。

お、おい待て、冗談だろ……!? な、なんでこんなモノが……

背中に冷たい汗が流れる。

恐る恐る、目の前の鏡を見た。

──映っていたのは、

びしょ濡れで湯気の中に立ち尽くす、

裸の女子。

おゎああああああっ!?
す、すまんっ! まさか女子が風呂入ってるとは知らなくて……!!

慌ててドアに手を伸ばして
逃げようとした。

……けど、そこで、ふと足が止まる。

ん?

……鏡、か……?

じゃあ……つまり──
今、鏡に映ってるのは……

おい……ちょっと待て……これ……俺なのか……!?

ガタガタと震える手で、
自分の顔を触る。

髪が長い。
肌がツルツルしてる。

胸に……ついてる
なんか柔らかいのが。

な、なんだこれ……!
俺、まさか──

どこからどう見ても、女子になってる。
いや……いやいやいや!!

何がどうなってやがる!?
鏡に映ったのは、
信じられねぇくらい可愛い──
いや、見たこともない女子の
裸だった。

おいおいおい……冗談じゃねぇ……これは、夢だ。夢に決まってんだろ……っ!

でも、痛みはリアルで

血も、湯も、視界のすべてが
あまりに“生々しい”






──そう、全ては
昭和60年の番長
神谷丈(かみやじょう)が
令和のこの時代に

女子高生・森下杏奈の体で
目を覚ますところから始まった。






とにかく……着替えなきゃなんねぇ。

手近にあったのは、
パンツと……ブラジャー

……女子の下着だ。

見るだけで変な汗が出る。

……チッ、しゃあねぇな……

覚悟を決めて、パンツを穿く。

ブラジャーはどうにも構造が
わかんねぇが、とりあえず
後ろで止めてみた。

なんとかなるはず!

上にTシャツをかぶって、
浴室のドアをそっと開ける。

静まり返ったリビング。

時計を見ると、深夜の一時を
回っていた。

番長・杏奈

……誰もいねぇのか

家具も、部屋の雰囲気も、
まるで知らねぇ。

ここは……俺の家じゃねぇ。

少なくとも、俺が知ってる“家”じゃねぇ。

階段を上がり、手前の部屋の
扉を開けた。



中には薄暗い光。

テレビの前で、
ヘッドホンをつけた少年が一人、
ゲームに夢中になってやがった。

……とにかく、話を聞くしかねぇ

番長・杏奈

おい

返事はねぇ。気づいてねぇらしい。

番長・杏奈

悪いが、ちょっといいか

近づいて、ヘッドホンを外した。

少年が驚いた顔でこっちを見る。

……なんだよ!

その態度に、ちょっと
ムカついたが、こらえた。

筋を通すのが流儀だ。

番長・杏奈

……あのな。ここ、どこだ?

は? うぜぇな。なんなんだよ姉ちゃん、出てけよ

番長・杏奈

このガキ……

え?!

女だと思って、舐めた口きいてんじゃねぇぞ、コラ

な、なんだよ急に……!



少年の顔がみるみる青ざめてく。

はっ、と気づいた。

……しまった、やりすぎた。

番長・杏奈

……悪かった

もう出てってくれよ!

少年は乱暴に布団をかぶりやがった。

さっき……確か、俺のことを
「姉ちゃん」って呼んでたな

──姉貴か。ってことは……
この身体は、このガキの
“姉ちゃん”ってことになる。

番長・杏奈

……どうなってんだ、マジで……

仕方なく部屋を出た。

隣の部屋のドアに手をかけ、
そっと開けてみる。

──ふわり、と甘い匂いが鼻を
かすめた。
……女の匂いだ。間違いねぇ。

この部屋が──この身体の
持ち主の部屋か。

部屋の中には、整頓された机。

ベッドの横にはぬいぐるみ。
妙に小洒落た香水の瓶まで
置いてある。

そして、鏡に映るのは──
やっぱり女の顔。

番長・杏奈

くそっ……なんで手首なんか切ったんだよ

タオルを取り替え、血を拭いながら小さくつぶやく。

手の震えが止まらねぇ。
痛みなんざ慣れてる
つもりだったが……
この痛みは、なんか違う。



──コンコン。

番長・杏奈

ん?

……ねぇちゃん。これ……また切ったんだろ

包帯とガーゼの入ったポーチを
投げてよこした。

番長・杏奈

お、おぅ……ありが──

言い終える前に、バタン、
と音を立ててドアが閉まった。

番長・杏奈

……なんだよ、あいつ

でも、それ以上に
引っかかったのは──あの一言

“また切ったんだろ”
──また?

落ち着いて手首を見てみる。

タオルを外した傷の周りに……
うっすらと、無数の古傷が
刻まれていた。

番長・杏奈

……なんだ、こりゃ

喧嘩で殴られた傷なら山ほどある。

ナイフを向けられたことも
刺されたことだってあった

でも、これは──

自分でつけた傷だ。

見ればわかる。

何かを消すためにやった
そういう痕だ。

番長・杏奈

……チッ

どうしてこんなことになってんだか。

考えても答えは出ねぇ。

番長・杏奈

ふぁぁ……

とりあえず、寝るか。

明日目が覚めたら、
もとに戻ってるかもしれねぇしな。

ベット....いや
女のベットには寝れねえな。


そう思って、床にごろっと
横になった──そのとき。

番長・杏奈

ん?

何かが手に触れた。

硬い、小さな……箱? 袋?

がさっ、と音がしてベッドの
下をのぞく。

番長・杏奈

……薬?

箱をいくつか引き出してみる。
咳止め、痛み止め
睡眠薬……それも
一種類じゃねぇ。

違うメーカーのが、乱雑に
いや──隠すように
詰め込まれていた。

番長・杏奈

……なんだこれ、病気なのか?

番長・杏奈

でもこの量、常識を外れてる

第1話 番長、目覚めたら学ランじゃねえ!?

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