34 抗えない別れ道1
34 抗えない別れ道1
これはエルカの罪の告白だった。
これをソルに告げて全ての罪を背負うつもりだった。
それなのに、ソルとの会話で心に落ち着きを取り戻してしまった。
そして、ソルからの告白で、二人は同じことを考えていたことが判明された。
罪人になる為に、他人の罪を利用すること。
罪を背負って死を選んだとしても、残された人物がそれを許さないだろう。
エルカやソルは真実を捻じ曲げて自分の罪にしようとした。
しかし、彼ならば真実なんて関係なく自分の罪に変えてしまえる。
ナイトという男は、それを平然とやってしまう男なのだから。



ソルは酷いね……このままだと兄さんが罪を被る……そんなことを言われたら、私は、あの人を助けて、犯人として突き出さないといけないじゃない。





私は他の誰かに重荷を背負わせる為にこんなことをしたわけじゃない





そうだな





兄さんだったら、仮に私や貴方が容疑をかけられたまま死んだとしても……その罪を自分で被るでしょうね





可愛い妹を罪人なんかにしないさ、あいつは。





真実がどうとか関係ないだろうよ。どういう手段を取るか分からないが、きっと……やるよ、あいつは





そうだね………兄さんならやりかねない……でも、ね……怖いの





エルカ……


ふいにソルの胸に額を押し付けてくる。
微かな重みが感じられた。それは、すぐに消えてしまいそうな儚い重みだった。
これまでの彼女の強がり。
それは、自分に迫る恐怖から逃げる為のもの。



あの人を解放するのは………怖い……よ。あの人が考えていること少しもわからない。





何度もあの人を知ろうとした。だけど、あの人は何を考えているのか見えなかった





あんな奴、知る必要はないだろ





あの人の目的がわからなかった。私が目的なら、生まれた時に取り上げれば良かったのに。そうでなくても、父さんたちが再婚したときだって良かった





私は私を今の不幸から解放してくれるのなら差し伸べられた手が悪魔でも取っていたと思うの。少なくとも、幼かったあの頃はそう思っていた





お前…………そんなことを思っていたのか





あの頃から思っていたよ。みんなにとって、私が邪魔なことぐらい、私は知っていた。





どうすれば、みんなが幸せになるのか、それを考えていたの





本当にエルカはバカだな……お前がいなくなったら……幸せになれない奴らがいるのに





うん、そうだよね。私、バカだったな………





今は?





あの人のところには行きたくない。たとえ、あの人が本当に助けてくれるとしても。





あの人のいる【場所】には行きたくない


無意識に声が細く震える。
ソルの父親と初めて会ったとき。テーブルの下から見えたあの顔を思い出していた。
この人に捕まってしまえば、きっと逃れられないだろう。
逃れられないということは、閉じ込められるということ。
最悪な環境であっても居場所は与えられる。
自分に役割を与えてくれるのだから、悪いことではないのかもしれない。
でも、それは痛くないことなのだろうか。
怖くないことなのだろうか。
今ならば、わかる。
これは、考えるまでもなかった。
あの男と関わった父親がどうなったのか
あの男自身がどうなったのか、エルカは見ていた。
二人とも壊れていたじゃないか。



場所?





あの人がどうという話ではないの。あの人のいた場所、私の父さんがいた場所、貴方のお母さんがいた場所……三人ともどうなった?





……………あの人たちは、もとから壊れていた





私たちが生まれる以前はどうだったかなんて、私たちは知らない。でも、たまにしか会わないから気付いてしまうの。会うたびに、おかしくなっているって





私たちを私たちとして見ていた視線が、まるで獲物を見るような目で見ていた。ゴミを見るような目で見ていて、そして、道具を見るように………だから……


関われば、自分も壊れてしまう。
あの男のように、誰かを傷つけることに痛みを感じないようになってしまうかもしれない。
父親のように、自分の痛みを感じないようになってしまうかもしれない。
想像するだけで、恐ろしい。
身体の節々が震え出す。
これなら咎人として捕まった方がまだ怖くない。
目を伏せた、エルカの頭にソルの手がのせられた。
その温もりで身体の震えがおさまった。



あの人は怖いよ……あの人が生きているだけで、私も貴方も壊してしまいそうで。でもね、私と貴方は、きっとあの人の呪縛から逃れられない





……それは分かっている。オレだって怖いよ。思い出すだけで怖い。でも、あんな奴の罪なんてお前が被ったらダメだ。そんなのオレが許さない。





大丈夫だ、お前にはオレたちがいるんだから心配することは何もない。あいつのことはお前に近づけさせない、あいつが何かしたらオレが壁になってやる。





もう、オレは壊れない。我を失わない。お前がいる限り絶対に壊れないから、だから心配するなよ


ゆっくりと見上げる、その先にあるのは、ソルの顔。
何を考えているのかわからない義兄の顔が、頼もしく見えた。



……………今のソル、お兄さんみたいね


エルカは笑う。



いや、一応……お前の兄貴なんだけど





………そうだったね


長い時間を家族として過ごしていたのに、兄らしい姿を見たのは初めてだった気がする。
思わず吹き出しそうになると、ソルがあからさまに不機嫌な表情になった。



笑うなよ





ごめん、ごめん……そうだよね、ソルも私のお兄ちゃんなんだよね。





うん、お兄ちゃんなんだよね


エルカはその言葉を噛みしめるように、繰り返した。
義兄であることは意識していたのに、兄と呼んだのは初めての事だった。
今までのモヤモヤとした気持ちが解消したような気がした。
もしかすると、エルカはソルのことを男の子として見ていたのかもしれない。



あ、ああ……そういう呼び方されると、照れる


ソルは呼ばれ慣れていないので急激に恥ずかしさが増して来た。
頬が熱くなったので、プイッと顔を横にそむける。



照れないでよ。言った私が恥ずかしいじゃない


エルカも突然恥ずかしくなって、慌てて視線を反らす。
これは仕方のないこと。生まれた時から側にいたナイトとは違うのだから。
