30 少女の告白1
30 少女の告白1
エルカはソルの正面に立つと、静かに顔を上げる。



正解だよ。あの二人を殺害したのは……ソルのお父さんだよ





…………え


その明るい声にソルは目を見張る。
エルカの声は笑っている。しかし、その目には光がなかった。



ソル……今から、私は告白するね





え?





今回の事件についての告白。私が見たものについての告白をはじめるよ。貴方が誰に何を言われて何を見せられたのかは分からない。





でも、今からは私が私の言葉で貴方に事件のことを告白するよ。いいかな?





………ああ


エルカが優雅に頭を下げると、エメラルド色の髪が揺らめいた。
ソルは無表情のまま頷いて見せる。そして、エルカは暗い表情のまま静かに話し始めた。



私はね……あの人が二人を殴っている現場を見ていたの。あの二人の殺害現場を……ね





…………


エルカの張り付けたような笑みに影が差し込む。
殺害現場にはソルも足を踏み入れている。
しかし、それは全てが終わった後の状況。
遺体と、飛び散った血痕を思い出すだけで吐き気を感じ、手で口を覆っていた。
エルカが見たのは、そこに至るまでの光景だった。
ソルはここに来る前に、エルカの記憶を覗いていた。だから、それがどんな状況だったのかは知識として知っている。
自分の見たものがスクリーン越しの惨劇の画像だとすれば、エルカが見たものは、リアルな惨劇ショー。
あんなものを見せられて正気でいられるとは思えない。
ソルはそっとエルカの頭を撫でていた。



………っ





…………





……なんで、撫でるの?





……なんとなくだよ……


彼女に、かける言葉は見つからなかった。
だけど、少しでも不安を和らげたくて手が伸びていたのだ。
エルカは『また、なんとなくって……』と眉根を寄せて呟いたが、拒絶はしながった。
彼女は現場にいたのだから、その空気を肌で感じている。
一度始まった告白をソルには止めることができないだろう。
吐き出した毒は、吐き切るまで出す。
それならば、その毒をソルは受け止める。



私の計画は彼によって狂わされたの。二人を消すことはね。それは私がやりたいことだったよ。





だけど、絶対に出来ないことだった。





殺意はあっても、実行に移すことなんて出来なかった。私は子供だし、運動も苦手、大人をどうにかする力なんてないもの。





悪いことだってことも理解していたから思い切ることが出来ないの。





それでも、私がやりたかったこと。それを、彼はいとも簡単に実行してしまった。私の計画は狂ってしまった





オレもやりたかったな。でもオレにも出来ないことだ。オレは肝心なときに臆病になって足がすくんでしまう。殺意はあっても、勇気がなかった


エルカの告白に、ソルも自分の思いを重ねる。
二人とも大きな殺意を抱きながら、同じくらいに臆病風に吹かれて何もできなかった。



あの人は二人を殴ることに夢中だった。私が見ていることに気付いていなかった。





だから、現場を目撃した後、一度地下に戻ったの。巻き込まれて殺されるなんて冗談じゃないって思ったの。





そして、家の中が完全に静かになるのを待っていたの。あの人が【やることを終えて】立ち去るまで


やることを終える。
やること……とは二人の殺害のこと。用事が住めば立ち去るだろうから。
エルカは地下でその音に耳を傾けていた。
耳を塞いでも聞こえてくる意地の悪い騒音。目に見えなくても何が起きているのかは理解している。
一度焼き付いた惨劇の光景は、何をしても離れなかったのだから。



……父さんはあの二人を………





うん


エルカは目を伏せた。
あの光景が瞼の裏で再現される。
一気に気持ちが悪くなる。
生暖かい空気、生温い異臭、怒号、何かをしている音、動かない二人。
その時のエルカは油断していたのかもしれない。
彼の、【やること】が【二人の殺害】で終わると思ってしまった。



……無理して話す必要はない。分かっているから、これ以上は……





大丈夫、これは私の告白だから………貴方には聞いて欲しい





……あと、頭は撫でていて欲しいかもしれない。落ち着いて話せるから





……ああ、わかったよ……オレもこうしていた方が落ち着けるから


エルカがソルに何かを願うのは珍しいことだった。
ナイトがいないからかもしれないが、頭を撫でると嬉しそうに目を細めてくる。
ソルが思っている以上に、気を許してくれているのかもしれない。



完全な静寂が訪れたの。それは二人が絶命したことと犯人が現場から去った証だと、私は考えていた。遺体だけが残された状況で私がすべきことを考えたの……





そして、私が彼らを殺したような状況を作ることに決めた





どうして?





私はね……これでも両親を心の底では嫌っていないの。私が惨劇を起こせば私を気にしてくれる……そう思っていたの


エルカは明るい声のまま自虐的な笑みを浮かべる。
自分を捨てたという母親の気を引くために、罪を犯そうとしたのだ。
だけど自分では罪を犯せない。
だから、誰かの罪を自分の罪に差し替えようとした。あの男の行動は、エルカにとっては願ってもない出来事だったのだ。



………私は、【私が彼らを殺した】ように見せる為……彼らにナイフを刺そうとしたけど、刺すことが出来なかった……私の考えは甘かった





………あいつがいたのか





……そう、あの人………ソルのお父さんがまだ屋敷内にいたんだよね


