繰り糸は、今も切れぬ
繰り糸は、今も切れぬ
01 美しいバラには棘も筋力も毒舌もてんこ盛り
路地裏。二人の人影を囲うように魔物の群れ。



BOGYAAAAAAA=======!#!$!


聞いた者を震わせる地獄のメロディー!



さて、ビエネッタ君。ここで一つ、問題だ。





なんでございましょうファンバルカ様。





退路はなし。前方にはたくさんの魔物の群れ。





君はこの先に、どんな未来を描く?





ファンバルカ様は撲殺され、わたくしはスクラップに。明日には2つの粗大ゴミが発見されるでしょう。





ち、違う。そういうことを言っているんじゃない。





君はただの、お淑やかな女性ではない――この場を切り抜ける策を、いくつも授けているんだ。





それを存分に発揮したまえよ。





わたくしとしては、スクラップになってみるのも興味深いのですが。





つべこべ言うんじゃあない。これは「命令」だよ。





拝命しました。





ならば迷うことなし、です――





ギヨーーーーーーーーーーーー!!?


取り出した剣を振るう、振るう。細身のその体にどれだけの力が隠されていたのか。刃にかすめたように触れた魔物は、ボカン――――!
グシャリと歪な断面を見せてへしゃげた。
薄暗がりに、女の体は杳として捉えられず。ただ、命を奪う白刃のみが暴風雨となって場を席巻する――――!
瞬くほどの時間の後、路地裏に動くものはもはやおらず。



ヒヒヒ、この「魔王」ファンバルカに楯突こうなんて浅はかとしか言いようがないねえ。力の差もわからないのかい?





ああォ!?


その時である。頭上から軟体生物が落下してきたのだ。男は早く逃げればよいのに高笑いしているものだから、再び退路を絶たれた形となった。



なんだ? やる気か? このぬるぬる。





形も保てん下等生物のくせに、このファンバルカ様に喧嘩か?





いい度胸だ。……よーし。





たた、た。





助けてくれーーーーー!


哀れ、力の差がどうとか言っていた男はどこに行ったのか。
うごめくごとに体を膨らせる魔物。もはや視界にはおぞましき軟体生物しか映らぬ。ああ、これが現世最後の景色か――
その、視界を切り開いて現れた怜悧な面。



お怪我は。





うむ! ない! 助かったぞビエネッタ君。





護身もままならないのに、なぜそれほど強気なのですか。多少は格闘を覚えてはいかがですか。





な、なんだって! 格闘!? なんのために君をそばに置いていると思っているんだ。





君が戦い、僕はいばる! 見よ、これが正しい世界のあり方なのだ!





わたくしがいなければ?





秒で死ぬ!


どうしてそこで自信満々なのか――



さて――今回の襲撃は予定にはなかったが。





検体が増えるというのは喜ばしい誤算だね……!


ブツブツとつぶやき魔物の躯に近寄ると――おお、なんということか。
目玉を! ブチブチとくり抜き始めたではないか!



ヒヒヒヒ、ワニーパットの目玉は潤滑剤として効果を発揮する!


まだ僅かな息があったのか、単なる筋肉の反応かはわからぬ。ビクビクと手足を震わせるが知ったことではない。嬉々として素材の回収に勤しむ男。



――――


女はそれを諌めるでもなく手伝うでもなく、ただ黙して佇むのみ。



イーーヒッヒッヒッヒッ!


男の高笑いだけが裏路地に響く――



魔物退治の後の帰宅路は清々しいねえ。歌でも歌いたくなるよ。





どうぞ。耳をふさいでおきますので。





なんだか嫌な予感がするけど一応聞いておこうか。なんで耳をふさぐの?





過度なストレスによる心身の破壊は、最も避けねばならない事柄であります。





ジーザッ……!





さしもの僕でも殺人音波は出せないよ。


馬鹿な話に花を咲かせる――
――が!



!!





うぉおああ!?


なんの前触れもなく、ファンバルカを突き飛ばすビエネッタ。その狼藉に抗議の、



ビエネッタ君……!?


抗議の声を、あげる機会は奪われた。乱入者共によって。



おっとーーーー!? 男を昇天させるつもりが女をぶっ叩いちまったぜーーー!





派手に倒れやしたぜ兄貴。やっちまいましたなあ。





過ぎたことを言うなあ女々しぞアアン! やることは変わりゃしねえ!





何だ君たちは!?





見てわからんのかあ商人だよ!





てめえから金目のものを奪って、しこたま儲けさせてもらうぜ!


――すなわち強盗!



よくもこんな仕打ちを……外道極まりない……


ファンバルカは憤るが、それよりも彼女は大丈夫か。地に伏したまま――呼吸の気配すらない。



おうおう、睨むなよう。震えちまうじゃねえか。





気にするこたぁないぜ。殺せば、すべて解決だあ。





あばよおオッサンンン――――!


振り下ろされる戦斧――
ガツッッンンン―――鈍い、耳に残る嫌な衝撃音。理不尽な暴力の前に倒れたかファンバルカ――



――――





……!


いや! 眼前には異様な景色。斧を肩口で受け止めたのは先程までひれ伏していた――ビエネッタ! よかった、生きていたのだ。
――――生きて……生きて――?



くく、くくく、首! こいつ、首が、ありえねえ方向に……!


首は曲がり、目は虚ろ――どす黒い液体を額からぬらりと垂らし、また、呼吸の一つも聞こえぬ。



――――


いやそもそも……彼女は、元 か ら 呼 吸 を し て い た か?



き、気色悪い……! 何だその血……いや血か!? てめえもっ、さっさとくたば、





おぐぁ!?


ゼロ距離から放たれた、みぞおちをえぐるエルボー。大の大人が、ふわりと体を浮かせ……そのまま、重力に引きずられ地に叩きつけられる。



兄貴!!





何だてめえ何だてめえ……!





その仕草、佇まい、血肉を持ちし我らと少しも遜色なく。





人々を魅了し、時の権力者を楽しませ――また時には暗器として。





そうやって、人とともに影に闇に存在してきたもの――





ビエネッタ君。彼女は僕の最高傑作。「自律人形」さ。





は? にん、何? 人形……?





彼女の筋肉の組成は特製だぞ。体内を循環するビオラ=エイルと組み合わせれば、たわめたバネから放たれる力は、石柱すら容易に破壊する。





ギャアアアーーー!





さて……僕の危機は去った。ここまでにしておきたまえ、ビエネッタ君。





――――


横にねじ曲がった首を乱暴に、ゴリッ――――胸の痛くなる音を立てて、無理やり真っ直ぐに戻す。



――――





かしこまりました。





ですが、よろしいのですか? このチンピラ共、生かしておけば後々問題になりませんか。





禍根はここで断ってこそ。





よしたまえよしたまえ。いくら僕でも人の命をむやみに奪いはしない。





再び襲われるかもしれないというのに、捨て置くと?





そうさ? 何を怖がることがある。





さあて質問だ! 僕はどれだけ恨まれてもちっとも怖くない! なぜだと思う!?





生粋の嫌われ者だからですか?





ちがうちが~~う! 何を言っているのかな??





ビエネッタ君。君が、いるからさ!





つまり、歯向かう敵はわたくしが皆殺し。





そんなことは微塵も言っていないが、それが僕が怖くない理由だと思うのなら ふふん、それは正解の半分にも満たない。





まして、僕らには最終目標がある。――いいかいビエネッタ君。僕は君を、「人間」にしてあげるつもりだ。





!





そこにたどり着いたときのことを考えれば……フフッこんなもの、苦労のうちにも入らない。





僕はこの先へ向かうよ。ついてきてくれるねビエネッタ君!?





それがお望みとあらば。





ファンバルカ様が迷われないのであれば、わたくしに留まる道理はなし。





――お供いたしましょうどこまでも。


続く

ビエネッタさんとファンバルカさんの掛け合いが好きです!
ビエネッタさんは剣を振り、ファンバルカさんは
ひたすら威張る…!想像しただけで面白い!
これからも楽しみにしています!