羽邑 由宇

どうですか、心は決まりましたか?

時屋 吉野

おや、なぜ私が決心する必要が?

羽邑 由宇

契約を先延ばしにしたのは、時屋さん、貴方じゃないですか

時屋 吉野

…………随分な口を利くようになりましたね

正蔵さんの葬式が終わってから二日経って、時屋さんから連絡が来た。

彼は電話を使わない。

なんと、猫のシャルが封筒を持って来たのだ。

……方法なんてわからない。知りたくもなかった。

改めて店に来ると、正蔵さんの死を悲しむことを放棄してしまったような気がして、自分のことがひどく冷たい人間のように思えてならなかった。

それでもいいと、決めた心をもう一度、確認して。

僕は今、この人間の形をしたなにものかと、向き合っている。

時屋 吉野

もう一度、契約内容を確認させていただいても?

羽邑 由宇

もちろん、構いませんよ

羽邑 由宇

僕は貴方に、僕がこれまで生きてきた時間から、正蔵さんが舞花と再会するのに必要な分だけの時間を、買っていただきたいと思っています

僕が立ち会えなかった正蔵さんの最後は、存外穏やかだったと葬式の後で聴いた。

頼んだよ、由宇君

--------そんな言葉と共に、息を引き取った、とも。

なにを、頼まれたのか。

……それはきっと、すべてだ。

花楓さんのこと、心残りと言っていた、舞花ちゃんのこと。

そして、時間屋とのこと。

今となってはもう、確かめようのないことではあるが。

時屋 吉野

……いいんですね、ほんとうに、買ってしまって

羽邑 由宇

もちろんです

確かめようがないなら、もう、思うままに動くしかない。

最善手を取りながら、なにを頼まれていたとしても正蔵さんに安心してもらえるように、生きていくしかない。

時屋 吉野

それでは、貴方の人生……

時屋 吉野

十五年分を、買い取らせていただきます

羽邑 由宇

対価は当然、支払っていただけますよね?

時屋 吉野

当然です、あまり侮辱なさらぬよう

時屋 吉野

お代は十五年後、二ノ宮舞花さんが、十七になる年に

ひとつ呼吸を置き、店主は一切表情を変えず、続けた。

時屋 吉野

それまでゆっくり、お考え下さい

十五年後、あなたが今の年齢にもう一度達したとき、それ以降の人生の保証を、何処からいただくか

時屋 吉野

これから十五年間、人生を売る、その意味について、ひとりっきりで考え続けてくださいませ、羽邑由宇様

第二十五話へ、続く。