敷地の長い外壁が途絶え、
いかつい門が見えてくると、
それまで寒さの為せかせかしていた足取りも
幾分緩やかになり。
猫背もスクっと伸びてゆく。

そんな倫の近付く気配に気付いて、正門脇の
花壇に踞るよう腰掛けていた男が立ち上がった。

倫の表情が一気に曇る。
  
男の名は、迫田治。

中3の夏休みから高校2年に進級する直前まで
付き合っていた事がある。

年は迫田の方が1コ上だが、倫は早生まれなので
学年的には同級だった。

中卒後、その当時から”将来は医者になる”と
決めていた倫太朗は。
西日本でも有数の進学校、私立杜の宮学院から
国立星蘭大学医学部へ順調に駒を進めていったが。

迫田は父親に多額の賄賂を使わせ倫と同じ
杜の宮へ入学。
しかし、所詮裏口入学では進学校の授業について
ゆけず、僅か1年少々で中退。

その後、再び親の金でアメリカ留学を果たすも、
ギャンブルとドラッグに溺れ。
19才の時、仲間の裏切りで密告されて当局に逮捕
2年少々LAの州立刑務所に服役していた。

そんな男が8年ぶりに突然現れた。

嫌な予感しかしなかったのは当然と言えよう。

『よっ、倫』 

何事もなかったかのような気易さで
迫田は話しかけてくる。

倫太朗は無言で迫田を睨みつけた。

迫田は”ヒュ~”と、
口笛を吹いてゆっくり近付いて来る。

迫田

―― 相変わらず俺好みの面しやがるな

ニヤニヤと下衆な笑みを浮かべて
目の前に立った。

こんな男にたとえ1度でも体を許してしまった
自分が呪わしい……。

迫田

医大卒業してもう1年以上なるのにまだ親と同居か

桐沢 倫太朗

……何の用だよ

迫田

何って、そりゃあよう、お前に会いたかったからだろ

桐沢 倫太朗

ふ ―― 会いたかった、ね……

そう、倫太朗が自嘲めいた笑みを浮かべると、
突然迫田の表情が変わった。

迫田

大倉とか池田には好き放題ヤラしといて、俺は飽きたらポイ捨てかよ。そりゃねぇだろ~?

(ったく! こいつの図々しさには毎度反吐が出る)

倫太朗があからさまに不快の意思を表しても
迫田は涼しい顔をしている。

迫田

お前今、小児科担当してんだってな。うちのおふくろがお前の事どえらく褒めてたぞー。やっぱ学年トップの秀才は出来が違うのねぇ~って

突然、仕事の事を持ち出してきた迫田の真意が掴めず、倫太朗はただ黙って迫田を見返した。

迫田

……病院の連中、お前がゲイだって知ってんの?

(正確にはかなりバイ寄りのゲイだ。しかし……)

瞬時、倫太朗が大きく目を見開いて動揺したのを、
目ざとい迫田は見逃さなかった。

迫田

やっぱ知らねぇーんだぁ……へへ、そりゃ言えねぇわなー? 星蘭大の研修医がゲイじゃヤバいんじゃね?

桐沢 倫太朗

……

迫田

ゲイの小児科医がいるなんて事が外部に漏れれば、小児科はもとより他の診療科も患者は激減だろ~なぁ

桐沢 倫太朗

てめぇ、一体何が……

倫太朗は怒りの衝動で迫田の胸ぐらを掴んで、
そのままその体を後方の壁へ押し付けた。

迫田

おいおい落ち着けよ倫。そんな乱暴すんなら俺、ここで大声を出すよ? いいのか?

両手をヒラヒラさせて、上に上げた。

こんな所で騒いだら……明日には家族に、いや、
ご近所中に噂が広まってしまう。

倫太朗は迫田の胸ぐらから、渋々手を離した。

迫田

……お前の部屋に案内しろよ

耳元でそう囁かれ、倫太朗はサッと身を引いた。

迫田の顔を見れば、
欲情した雄の表情になっている。

イヤだ ―― イヤだイヤだ……それだけは絶対に
イヤだ。

倫太朗は何度も頭を振る。

家族全員、仕事で不在がちだった以前ならまだしも
今は姉ちゃんが一時休職してしょっちゅう家に
いるし、何より、隣にはあのませガキ・翔太もいる
のだ。

迫田

ふ~ん、いいのかぁ? 医局の皆さんや同期のお友達に自分の性癖が知れ渡っても

迫田の声色にも口調にも、
倫太朗には最早選択権にない事が漂っていて。

ここで迫田に従わなければ、
病院や大学にあることないこと脚色してバラすと
分かった。

10年前、高校の同窓生達に吹聴したように……。

倫太朗の完敗だ。

迫田

しかしよー、学年トップのミスター杜の宮が、まさかの男好きだなんてなぁ~……

薄ら笑いを浮かべて、倫太朗を見下ろす。

倫太朗は諦めの深いため息をついて、
家の門をくぐった。