綾香が偶然見つけたサイトには、ツタの絡まった洋館の写真が載っていた。



ゴシックスタイルの洋館でコスプレを体験してみませんか?





童話の主人公になりきってお茶会を楽しみましょう


綾香が偶然見つけたサイトには、ツタの絡まった洋館の写真が載っていた。
槍のように尖った飾がついた黒い門、グロテスクな怪物のガーゴイル、ダマスク柄のソファーやどっしりとした家具に惹かれながらスマートフォンの画面をスクロールすると、
「童話のお茶会」
と名付けられた企画の詳細が紹介されていた。



童話をモチーフにした豪華な衣装とアクセサリー、ウィッグを貸し出します





メイクと撮影は主催者が行います





男装もできます


上品で優しそうな女性が微笑んでいる写真があって、
「主催者」
というキャプションがついていた。
そのすぐ下には、同じ人物が紫を基調にした古風な紳士服を身に着け、青みを帯びた黒い髭と同じ色の長い巻き毛のウィッグをつけた写真が貼られていた。そちらには
「青ひげ」
と書かれていて、主催者が実際に童話モチーフの男装コスプレをしている写真のようだった。



コスプレ、一度やってみたいと思ってたし……


開催は次の週末で、参加費も手頃に思えた。



定員の五名まであと一名





あとひとり……満員になる前に急いで申し込まなきゃ!


焦りながら「童話のお茶会に参加する」をクリックすると、すぐに返信が来てLINEのグループトークに招待された。



はじめまして





よろしくお願いします





はじめまして、よろしく!





こんにちは!





はじめまして。楽しみですね





これでお客様が五人揃いましたね


主催者は五人の間を取り持ち、会話を盛り上げた。



主催者の私は「青ひげ」で皆様をお迎えします





皆さんはどのキャラクターになるのか決めていますか?


何日か相談し合って誰がどのコスプレをするのか決まると、主催者から次の話題が振られた。



当日の順番を決めましょう





何の順番ですか?





準備の順番です。ひとりずつメイクできるように到着を三十分ずつずらしてほしいです


また皆で相談した結果、「赤ずきん」に扮する綾香は一番最後になった。
当日。
一番目のゲストの「白雪姫」は「毒リンゴを食べて倒れたシーン」の美しい写真をグループトークに上げた。
二番目の「いばら姫」の写真は「紡錘に触れて眠りに落ちたシーン」だった。



こんなにきれいに撮ってもらえるなんて感激です





外も素敵だったけど、中はもっと素敵


「白雪姫」と「いばら姫」のコメントに綾香は胸を躍らせた。期待が高まり、自分の番が待ちきれない気分だった。
三番目のシンデレラが『これから中に入ります』と言ったところで、綾香は少し早めに家を出た。
バスの中でLINEを覗くと、ガラスの靴を履いた足をクッションの上に投げ出して目を閉じたシンデレラの写真が上がっていた。童話にはないシーンだったが、夢を見ているような表情は幻想的な青いドレスにとてもよく似合っていた。
主催者に教えられた停留所で降り、しばらく歩くと洋館の屋根と怪物のガーゴイルが見えた。
約束の時間になるまでレンガの塀のまわりを一周してみたが、窓はすべてカーテンが下ろされていて中を覗くことはできなかった。



あとは赤ずきんちゃんだけですね





赤ずきんちゃん、まだかな





早く来ればいいのに


LINEの画面に「白雪姫」と「いばら姫」と「シンデレラ」のメッセージが流れてきた。



もう到着しました、って写真を添えて書き込もう


黒い槍を並べたような門を開いて洋館の写真を撮ろうと構えた途端、スマートフォンが手から滑り落ちた。
石畳の上に屈んだ綾香は、玄関の扉の前に赤黒い汚れがついているのに気付いた。



なんだろう、血みたいに見えるけど……


近づいてよく見ようとしたとき、グループトークに新しい写真が送られてきた。
「人魚姫」が泡のように見える美しいレースに包まれ、目を閉じているシーンだった。



……?


ふと、奇妙な違和感を覚えた。
心に浮かんだ疑問を言葉にせずにはいられなくなった綾香は、立ち止まってメッセージを打ち込んだ。



どうしてみんな、眠っている写真ばかりなんですか?


返事が送られてくるまでに、少し間があった。



一番きれいに見える写真を撮ってもらったの





赤ずきんちゃんも、こんな風にきれいにとってもらったら嬉しいでしょう?


「シンデレラ」と「人魚姫」のアカウントだったが、前とは口調がちがう気がした。



他のポーズや表情の写真はないんですか?





別の写真は、赤ずきんちゃんが来てから一緒に撮る予定





だからはやく来て


「いばら姫」と「白雪姫」のメッセージも、どことなくおかしな感じがした。
顔を上げると、眩しいほど明るい陽射しの中で、玄関の前の赤黒い汚れは大きな曲線を描いていた。大きなブーツで踏まれた血がそこに染みついた跡のようにも見えた。



たとえば「青ひげ」のコスプレをした人が履いているような……


綾香は数日ぶりに「童話のお茶会」のサイトを開いてみた。
主催者の「青ひげ」コスプレ写真の黒い手袋を嵌めた手が大きい。足は写っていないが、手ののように大きいだろう、と綾香は思った。



ペルー童話の「青ひげ」って何度も結婚する度に妻を殺していたんだよね





最後の妻は好奇心に負けて「決して入らない」って約束した小部屋の扉を開けて、妻たちの死体を見つける……


綾香は残酷な童話のあらすじを思い出しながら、主催者のバストショットと「青ひげ」の写真を見比べた。



もし、上の写真の方が女装のコスプレ写真で、「青ひげ」が本物の主催者だとしたら……


童話のキャラクターのような人間が実在するなんてあり得ない、と笑って忘れようとしたが、うまくいかなかった。
洋館に招き入れられた「白雪姫」「いばら姫」「シンデレラ」「人魚姫」が到着した順番に殺され、最後に扉を開いた「赤ずきん」が四人の死体を見てしまう―――そんな妄想が頭の中に広がった。
新着のメッセージがあります
LINEから通知が届いた。



赤ずきんちゃん、まだですか?





道草しちゃだめですよ


主催者が送ってきたメッセージを読んだ綾香は、スマートフォンの画面に震える指を当て、四人のアカウントから送られてきた写真まで遡った。



眠っている写真ばかり……


自分が書き込んだ質問を反芻するように口の中で呟くと、の首に巻き付いている真珠のネックレスが、彼女の首を絞めた凶器のように見えてきた。
白雪姫のリンゴといばら姫の紡錘とシンデレラの血の気のない顔も、もう素敵な演出とは思えなかった。
綾香は足音を立てずに、黒い門までそっと後退った。



どうしたの? 早く来て





中に入ってきて





赤ずきんちゃん、来て





もう近くにいるんでしょ





皆さんお待ちかねですよ。赤ずきんちゃんも早く来てくださいね





来て





来て





来て





来て


四人と主催者のアカウントから次々に送られてくるメッセージが画面を埋めた。
門から外に走り出ると同時に、綾香はグループトークを抜けた。
洋館の扉が細く開いた。
指の太い大きな手が、外に居るものを捕まえるように空を掴む。
わずかに外の明かりが差した居間には、四人の女性の死体が吊され揺れていた。
