2012/7/7 19:14 参道
2012/7/7 19:14 参道



よし、まずは綿菓子か?


真人は、混み合う参道の様子を形容しようとしたが、それをやめた。今から人前で神楽舞を奉納する奈緒にプレッシャーをかけないように、そして屋台を楽しむことに意識を集中させてあげようにと、そう思ったのだ。



わたがしはもういいからリンゴあめにする!
なおちゃんは、なんでもいいよ!





まあ、値段は…むしろ安いからいいか。





しょうがないな。
奈緒は何にする?





ん~とね、私は綿菓子かな。





別に綿菓子じゃなくても良いんだぞ?





ん~。
さっき、唯ちゃんに言われて、そういえば去年もその前も綿菓子食べてないなーって思ったら、なんか久しぶりに食べたくなっちゃった。





そっか…
そういえば俺も最近食ってなかったな。
綿菓子って、あの袋パンパンに入っててなかなか買おうって思わないんだよなぁ。





あの半分くらいでも多いと思うよ~。





ゆいもわたがし手伝うよ!





なんのために、軽く飯を食ってきたかわかんねぇな…





「デザートは別腹」なんだよ?知ってる?お兄ちゃん。





どこでそんな言葉覚えてくるんだか…





でしょ?奈緒ちゃん!





そうかもね。
不思議と食べれちゃうよね。デザートって。





そこは…
「こんな時間に甘いものたくさん食べると私みたいになれないよ。」とか言っておけばいいんだよ。





そうなの?





そんなこと…ないと思うけど…





お兄ちゃんの嘘つき~。





奈緒は真面目に答えんでよろしい!


3人はゆっくりと人混みの中をかき分けて向こう端の屋台を目指し進んでいく。



あっ!金魚すくい!





ダーメ。取れたとしても家では飼いません。
やるなら、キャッチ・アンド・リリース! オーケー?





きゃっち・あんど・りりーす?





「捕まえたら、もとの場所に戻してあげる」ってこと。





そんなのつまんないじゃん!





責任持って飼えるかを考えろよ。
あと、金魚すくいの醍醐味は、金魚をすくうことであってだな…飼うことじゃないんだよ。





え?そうなの?
みんな金魚飼いたいわけじゃないんだ…





女には、この感覚は理解できないのかもしれないな…





そういうものなの?





そういうもんだよ。





あー!射的屋さんだ!
ねーねーあのおっきいクマ!


座高70センチはあるだろうか、台の上に足と背中で直角をなして鎮座するおおきなクマのぬいぐるみがある。屋台の屋根に届きそうなクマの頭は照明が届かず、顔の部分が暗い。そのせいか、非常にふてぶてしいように見える。



いや…
あいつは手強(てごわ)過ぎるだろう…
マシンガンかショットガン並みのコルク銃が必要だな。





そっか!これだと、二者両得だね。





え?





景品が欲しい人と、鉄砲を撃ちたい人!





お、俺は別に撃ちたいわけじゃ…





え?
でもマコちゃん結構乗り気だったよね?





じゃあ、あっちの猫のぬいぐるみ!





まあ、これも祭りの醍醐味だ!
今年は兄貴がいない分俺がやってやるか。





えー。
マコちゃんって上手だったっけ?





うるせぇ!兄貴がうますぎんだよ。





失敗したら、たこやきねー!


隣のたこ焼き屋の親父に親指を立ててアイコンタクトを送る唯。たこ焼き屋の親父が親指を立て、たこ焼きを作り始める。



マジかよ…。
すげぇプレッシャーだな…。


バッグの財布を取り出すと、的屋の親父に五百円を渡す。真人はコルク弾を5つ受け取る。景品が欲しいわけではない。「限られた弾でいくつ落とせるか。大物を射止めることができるか。」それだけが重要である。すなわち、腕の見せ所。名誉を勝ち取ることが男たちの目標だ。



よーし。
まずは、この世の中の不条理を確認するか。


真人は、「不条理」の権化(ごんげ)である大きなクマの額に照準を合わせる。呼吸を整えると引き金を引く。パン!という音とともにはじき出されたコルク弾は、クマの額に当たり、斜め45度後方に飛んで行った。真人は唯と奈緒の方を振り向く。



ほらな…これが…





マコちゃん!





あー!


指をさす二人と周囲のざわめき。後ろを振り返ると、台の後ろ側へ倒れてい行くクマが60度ぐらいにのけ反っているところだった。



へ?


勘弁してくれよお兄ちゃんという顔で的屋の親父が真人のほうを向いている。たこ焼き屋の親父は、もはやこちらには興味がないようだ。客引きをしている。



すごーい!





カズ兄(にい)もこんな大きいの落としたことないよ!





な、なんか。取ったのはうれしいんだけど。
言ったセリフとやったことがかみ合ってなくて恥ずかしいな。





そんなことないよ!
マコちゃんもやればできるんだね!





お、おう。


これまでどこかぎこちなかった奈緒の笑顔が、今だけは本当の笑顔に変わった気がして、真人も自分の心がふっと楽になるのを感じられた。少しでも、緊張が和らいでくれれば…真人はそう思っていた。
弾はまだ4発残っている。先ほどの歓声で、なんだなんだと周囲に人だかりができる。最大の敵を一発で仕留めた功績のせいで、周囲の人の期待の視線が痛く感じる。
結論を言えば、4発とも全てが景品を棚から落とし真人はこの祭りのヒーローとなった。唯も奈緒も大はしゃぎで喜んでくれた。しかし、的屋の親父の鋭い視線、あとからやってくるちびっこ達の失望、その二つの理由から景品は二つ返し、大きなクマのぬいぐるみと猫のぬいぐるみだけを持って帰ることにした。
他の景品に興味がなかったのか、唯はすんなりこの条件を受け入れた。
唯がぬいぐるみをなんとか受け取り、奈緒と真人のほうを向くと、唯はその影に隠れて見えなくなった。身長差による目線の違いとぬいぐるみのサイズのせいである。その光景に真人と奈緒は腹を抱えて笑った。そして、ここはやはり真人が持つということになった。
それから真人は、隣のたこ焼き屋のおやじにも申しわけないような気がしたので五百円で6個入りのたこ焼きを買った。
唯はしばらく「クマ隠し」の件でご機嫌斜めだったのだが、今はたこ焼きを食べて上機嫌だ。



カズ兄(にい)もびっくりするね!





このぬいぐるみどうしようねー。





これは、いろんな意味で持って帰れないから親父の車に積ませてもらうか。


高木家の両親は、神宮寺家とも交流が深く、毎年この祭りの裏方として手伝っている。父は社務所で倉庫から備品の出し入れ等をし、母は迷子のアナウンスやBGMの管理などをやっている。



わたしんちの裏に車は止まってたよ。





そっか…じゃあ唯。
社務所まで行って親父から車の鍵借りてきてくれ。





…





わかった!


おそらく、一瞬めんどくさいと感じたのだろうが少し考えると快諾した。奈緒は気にしていないようだったが、真人には唯のその表情の変化の理由には疑問符が残った。
「鍵を取りに行くのが面倒だけど、お兄ちゃんに取りにいかせたら、クマの人形は自分か奈緒ちゃんが持つことになる。でも、自分が持つとまた笑われるだろうし、かといって奈緒ちゃんに持たせるのも悪い。」と唯は思ったのだ。
その次に「いや、むしろ二人きりにするチャンスだ!」と閃いたのである。
猫のぬいぐるみを握ったまま唯は走り出す。



向こうのりんご飴の屋台で待ってるからなー!


社務所へ向かっていく妹に、声をかける。わかったよ!と大きく手を振る唯の返答を二人で見届ける。
今、奈緒と真人は二人っきりだが、もはや家族同然の付き合いが長いため、あまりそのことをお互いに意識しない。
リンゴ飴の屋台まで二人で歩いて向かう。唯でないにしろ、このぬいぐるみを抱えて歩くのは非常に骨が折れる。視界が遮られ、歩く人にぶつかりそうになる。
すると、奈緒がぬいぐるみを抱える真人の服のすそをぎゅっと握って、真人の前を歩き始める。



…





おう、サンキューな…


服が軽くキュッキュっと引っ張られる度に奈緒のやさしさが伝わってくる感じがした。
コクンと前を向きながらうなずく奈緒、それが真人に見えていたか定かでないが、お互いに何を言わんとしているかはそれだけで通じた。
昔だったら手を繋いでいただろうなと考えながら、真人はその奈緒のやさしさをどこかなつかしくも寂しく感じていた。
二人はリンゴ飴の屋台のところまでやってくると、6人ほどが並ぶ屋台の列に加わった。隣同士に並び、ようやくお互いの表情がうかがえる。



三百円か…
このお祭りで一番リーズナブルだな。





お得だけど、綿菓子と違ってみんなで分けられないけどね。





そうか?昔は、二人で…





…そ、そうだっけ?





いや…きっと気のせいだ。


しばしの沈黙が訪れる。
列の一番前のお父さんらしき人物が二本のリンゴ飴を手に、列を去る。



覚えてる?
ずっと前に、マコちゃんが射的でわたしにぬいぐるみとってくれたこと。





あー。イルカのぬいぐるみな。
俺が初めてとった的屋の景品だったっけな。





そうそう。


少女とそのお母さんと思われる女性が一本ずつリンゴ飴を手にし列を離れる。二人は手を繋ぎ、少女はうれしそうにお母さんに話しかけている。



あの時のマコちゃんすごく喜んでてさ。カズ兄にもすごい自慢してたね。





そうだっけか。よく覚えてるな。





あのころのマコちゃんは、今思い出すとすごくかわいかったな~。


大学生と思われる女性が一本のリンゴ飴を手にし、 男性と一緒に列から離れていく。「俺にも食べさせてよ。」と言われたのに対し「えー。」とまんざらでもない表情で女性が言葉を返す。



あのイルカのぬいぐるみどうなった?





まだあるよ。





そっか。


目の前にいた小学生ぐらいの少年は、その「甘くて大きい赤い宝石」を手にすると家族の元へ走っていった。そして、二人の番がくる。



奈緒、手がふさがってるから代わりに…





?


誰かが、すごい勢いで走る足音が聞こえる。



うっ!


