40年以上も前……
昭和40年代の東京は、まだまだお風呂のない家が多く、みんな銭湯に通っていました。
子供たちは近所のお友達と連れ立って銭湯に通ったものです。
カズヒコも、そんな一人。
魚屋さんの息子であるカズヒコが、小学1年の頃のこと。
いつものように回数券を握りしめ、近所にある亀の湯へ出かけました。
おやおや?
こんな森の中に
こんな時間のお客人とは……
大変、珍しゅうございますねえ。
どうされましたか?
眠れないのですか?
それはお困りでしょう。
わたくし、
子どもの時分から
不思議なおはなし
奇妙なおはなしが大好きなのでございます。
昔から多くの人から話を集め続けて参りました。
眠れぬ貴方様のために
ひとつおはなしをして差し上げましょう……
40年以上も前……
昭和40年代の東京は、まだまだお風呂のない家が多く、みんな銭湯に通っていました。
子供たちは近所のお友達と連れ立って銭湯に通ったものです。
カズヒコも、そんな一人。
魚屋さんの息子であるカズヒコが、小学1年の頃のこと。
いつものように回数券を握りしめ、近所にある亀の湯へ出かけました。
亀の湯には、同じ商店街の子供たちが先に湯船に浸かっていました。
「遅いぞ、カズヒコ!」
「わりぃ、わりぃ!」
かけ湯もそこそこに、カズヒコは湯船にザブン!
「くあー! きっもちいいなあー!」
「こら、小僧! 湯船には静かに入れ!」
「ごめんなさぁーい」
昔の東京のおじさんたちは、よその子供でも関係なく叱ったものです。
(今日はうるさいオトナがいるな)と湯船にのんびり浸かるカズヒコ。
ふと、カズヒコの視界の端に、立派なイレズミが飛び込んできました。
背中一面に大きな般若の面。
釣り上がった金色の目、
大きく裂けた口元には鋭い牙、
そして、禍々しい角が2本……
(すっげぇイレズミだなぁ……)
般若のイレズミをポカンと眺めていたカズヒコに、友人のタケシが声をかけてきました。
「カズヒコ、どうしたの?」
「え? いや、あのイレズミすごくねぇか?」
「どれどれ?」
「ほら、あの般若のイレズミだよ」
「どれだよ?」
「ほら、あの人の」
「イレズミいれてる人なんて、一人もいないぞ?」
(そんなバカな?)と、カズヒコがもう一度、よーく目を凝らしてみると……
たしかにタケシの言うとおり、イレズミをいれている人はいません。
見事な般若のイレズミをいれていた男の人の背中もきれいなものです。
「おっかしいなぁ。さっき、あの人の背中に般若のイレズミがあったんだけどなあ」
とカズヒコが男の人を指差すと、
「ああ、あの人、こないだ、寿司屋に入った人だよ。流れの職人だってさ」
カズヒコが体を洗おうと湯船から出た時、流れの職人はちょうど出るところでした。
もう一度、カズヒコが見ると……
背中に般若のイレズミがやっぱりあります。
そして、そのイレズミの目がギョロリ!
たしかに動いたのです!
カズヒコはもう一度、湯船に入り直しました……
それから十日もしないうちのことです。
商店街で殺人事件が起きました。
犯人は、あの寿司屋の流れの職人。
ふとしたことから、先輩の職人と喧嘩になり、
商売道具の包丁でグサリ……
捕まってからわかったことに、
流れの職人は前科者で、
以前、働いていた寿司屋でも刃傷沙汰を起こして
東京まで流れ着いたということでした。
カズヒコが見た般若のイレズミとは、
流れの職人の“本性”だったのでしょうか……?
それとも“鬼”が流れの職人に憑いていたとでもいうのでしょうか……?
本当のことは、誰にもわからぬままなのでございます……
さあ、そろそろお眠りになるのが、よろしゅうございますよ。
おやすみなさいまし……