その夜、真夏と日野はいつものラーメン屋を訪れていた。
その夜、真夏と日野はいつものラーメン屋を訪れていた。



いらっしゃーい! ラーメン二丁ー!


こちらを見るなり、莉子が明るい声を上げる。



あの、僕まだ決めてないんですが……


日野はいつもラーメンだが、真夏はいつもラーメンというわけではない。勝手にオーダーを決めてしまった莉子におずおずとそう言うと、水を運びながら莉子がウインクする。



どうせ佐藤さん、なかなか決められないんでしょ? だからサービス♪


莉子の言い様に、真夏は苦笑した。
勝手をされても彼女がすると憎めない。それに、莉子の言っていることは全くもってその通りだから、反論したくともできないのであった。



そうだ、莉子さん。聞きたいことがあったんですが……


店の主人と話しを弾ませる日野を尻目に、真夏は座って水を受け取りながら莉子を見上げた。



なんですか?





タバコ……って、言ってたじゃないですか。あ、先週会ったときです。覚えてますか?


あのとき、倒れた池本を見ただけで、莉子は『タバコ』と口にした。
科捜研の電話を受け、日野がタバコの可能性を口にしたあのときから、真夏はずっとそれが気にかかっていたのだ。



ああ、あの商店街のやつ? やっぱりタバコだったんですか?





ええ、今日煙草から毒が出たって電話があって





佐藤さん、そんな話一般人にしていいんですかー?


莉子に詰め寄られて、真夏はのけぞった。
そして少し慌てる。



あ、すみません。でも莉子さん、最初から知っていたみたいだったから、つい





知ってたら犯人ですよ。あの段階では、病気かなーって思ってました





だったらどうしてタバコって?


拍子抜けしながら真夏は聞き返した。
もしかしたら自分の聞き違いだったのだろうかと思い始めたが、莉子の言葉がそれを否定する。



うーん、病気かなーと思いつつ、でももしこれが病気じゃないなら、原因はタバコかなって考えてただけですー





だから、それは何故?


再び真夏は勢いづいた。
前の事件でも莉子は警察の先回りをしていた。
そのときはただの偶然かとも思ったが、あの段階でタバコに目をつけていたなら、やはり莉子は相当に頭が切れる。



あの辺でタバコ吸えるとこって、あの人が出てきた店だけだから。今は大体どこも禁煙ですけど、あそこの喫茶店だけは古いからか、今でも店内すべての席でタバコが吸えるんです。
他にたくさん新しい店があるのに、わざわざあそこに行くってことは、スモーカーの可能性が高いです。だとしたら直前まで口にしてたのってタバコかなーって思っただけで、大したことじゃないですよ


確かに、年配の刑事が言うのなら「なるほど」で済む話かもしれない。しかし、女子高生から聞くには違和感のある話だ。



莉子さんて、変わったこと考えますね





そうかなー? ただタバコに仕込んだならアリバイ調節もできるなーって思っただけですよ。コーヒーに仕込むなら一緒にいないと無理でしょ?


やっぱり変わっている。
水を一口飲んで、真夏は再び苦笑した。



ところで、莉子さんって兄弟がいましたよね





うん。兄弟っていうか、姉妹ですけどね。三姉妹の真ん中ですよー


何故か得意げな莉子を見て、真夏は苦笑から苦みを消した。



いて良かったって思う?





んー、まぁ正直いない方が良かったーって思うときもありますよ。一緒に住んでたら喧嘩もするし、一人っ子羨ましいーって思うこともあります。





でも、なんだかんだお姉ちゃんも妹も好きですよ!


莉子はにこにこしているが、兄弟という存在はなかなかに複雑なもののようだと真夏は思った。
そして、莉子が口にした『アリバイ』という言葉が頭をよぎった。



アリバイか……確かにタバコにあらかじめ毒を仕込んでおけば、旅行中の池本健太でも兄を殺害することは可能だ……


再び事件のことを考えていると、ふと莉子が浮かない声を上げる。



だから、あんまりこんなことは言いたくないんですけど……


そう前置きし、彼女は内緒話をするように真夏に顔を近づけた。



ち……近い!!


若い女の子に接近されてどぎまぎする真夏をよそに、莉子は耳元で囁いてくる。



タバコだったら、仕込んだのって身内っぽいですよね





な、なんでそう思うんですか?


返す声が上ずった。咳払いをしながら少し身を引くと、莉子はきょとんとしながらも先を続けてくる。



だってタバコなんて、普通ずっと身につけてるものじゃないですか。一本出したら仕舞うし、貸したり預けたりもしないし。毒を仕込むにもすり替えるにも、外じゃなかなか難しいんじゃないかと思うんだけど





そんなもんですかね?





佐藤さんは吸わないですもんね。じゃあ、日野さんのタバコに毒を仕込むとしたら、どうやってやります?


莉子に言われて、真夏は思考を巡らせた。
ヘビースモーカーの日野は、いつでも胸ポケットにタバコを入れている。仕事中でもだ。外出したり用を足したりするからといって、デスクに置いたりもしない。



先輩がいない隙を狙っても無理か……
先輩がタバコをポケットから出すのは――


食事中や、続けて吸うときは箱を出しているときもある。しかしその場合は、当然近くに本人がいる。



タバコくださいって頼んでみるのはどうだろう……? 僕が喫煙者なら、警戒せずに渡してくれるだろうか


真夏は喫煙者ではないが、たまに日野に付き合って喫煙所に行く。そのときに人にタバコをあげる場面も見るが、1本出して渡すか、もしくは箱を振ったりたたいたりして、1本飛び出した状態にしたものを差し出しているような気がする。
よしんば箱ごと渡してくれたとしても、1本出したらすぐ返すだろう。横で毒なんか仕込んでいたらまず気づかれる。箱を持ったまま場を離れれるのはもっと変だ。



……確かに、無理そうです……





でしょ?





莉子さんて凄いですね。莉子さんだってタバコ吸うわけでもないでしょうに





えー、それはどうでしょう?


体を離し、莉子が冗談めかした声を上げる。真夏は驚いて、飲んでいた水を吹きそうになった。



……え!? 吸うんですか!?


素っ頓狂な声を上げた真夏を見て、莉子は面白そうにからからと笑った。



そんなわけないじゃないですかー





ただ、うちの店も禁煙じゃないし、喫煙者のお客さんが多いんですよ。だからです


からかわれたことを悟り、真夏は不貞腐れたようにグラスの水を干した。
店主に呼ばれて厨房へ戻っていく莉子を見送りながら、真夏は、日野の言うとおり弟の犯行かもしれないと思い始めていた。
