僕はその光景に立ちすくんでしまった。
 おかしな形に溶け落ちているかのような皮膚。その内側からは黒っぽい何かがにじみ出ていて。
 所々紫色になっている顔は、通常よりもずっと大きく見える。実際に膨張しているのかもしれない。
 なにより、その開かれた口の中だけが鮮やかな赤である事が、僕の背筋を凍らせ、僕の足をその場にぬい留めたのだ。
 見ている間にも、化物はじわじわと階段を這い上がってくる。
 逃げなくてはならないとわかっているのに、僕はその場から足を動かせないでいた。
 僕はその光景に立ちすくんでしまった。
 おかしな形に溶け落ちているかのような皮膚。その内側からは黒っぽい何かがにじみ出ていて。
 所々紫色になっている顔は、通常よりもずっと大きく見える。実際に膨張しているのかもしれない。
 なにより、その開かれた口の中だけが鮮やかな赤である事が、僕の背筋を凍らせ、僕の足をその場にぬい留めたのだ。
 見ている間にも、化物はじわじわと階段を這い上がってくる。
 逃げなくてはならないとわかっているのに、僕はその場から足を動かせないでいた。



おい、テメエ!
何をぼさっとしてやがる!


 男の声は聞こえているが、視線を化物から離す事ができない。
 どうして動けないのか。



くそ!


 次の瞬間、僕の腕は音が鳴るのではないかと思うくらい、強く引っ張られた。
 あまりの強さに、足元がもつれて、一度廊下に膝をついたくらいだ。
 わかっている。
 引っ張られる理由も、この男がいらだつのもわかっているのだ。
 ここから逃げなくてはならないことはわかっているのだ。
 でも、足が動かない。
 力が入らない。
 情けなく男を見上げた瞬間、視界が急激に反転した。



ぶっ!
な、何?


 何か柔らかいものに顔面を強打する。
 痛いことは痛いが、けがをしたりはしていないようだ。手で鼻を押さえようとしたが、右手を誰かにつかまれているようだった。
 そのまま急にぐらぐらと揺れる。
 頭の先に向かう重力を感じる。



くっそ、重てえな。
暴れんな、とりあえず何か掴まって、黙っとけ


 そう言う声がやけに近くから聞こえ、次の瞬間には振動が大きくなった。
 自由になっている左手で思わず目の前の何かに縋りついた。



なんか、どっかの国にこういう競技があったな


 やけに楽しげな声が信じられない。
 こんな状況でよくもまあ、笑えるものだ。
 文句を言いたいが、振動が大きくて口を開いたら舌を噛みそうだ。
 僕の腰の辺りを肩に乗せるように担がれているのだ。
 いくら大柄ではないとはいえ、僕だって男子で、決して小柄という訳ではない。
 それをこうやって担ぐのは容易ではないだろう。
 顔を持ち上げると、結構なスピードで廊下の床材が滑っていく。
 やがて戸の開く音がして、教室に入ったのがわかった。



おい。いい加減降ろすぞ


 放り出されるかと思いきや、男は僕の足を地面に付けさせるように身を屈めてくれた。
 情けなく、ズルズルと座り込むように男の背から滑り落ちる。



あ、ありがとう……


男は腕を大きく回した。



担ぐんなら女が良いけどな。
男なんて、くそ重てえだけで何の特にもなりゃしねぇ


男はにやりと笑うと、しゃがみ込む僕に視線を会わせるように腰を落とした。



腰抜け


 その言葉に顔に血が上るのがわかる。
 思わず睨みつけると、男はさらにやにやと笑って口を開いた。



タマはついてまちゅかー


楽しげに目の形が弓を描く。



女みてえな顔に似合いだな。


 女みたいな顔。
 
 最も言われたくない言葉だった。
 僕は際立って女顔という訳ではない。ただ、この挙動と少しばかり薄い目の色だとか、不安げな声だとかがあいまって「女みたい」という評価を受ける事も多かった。
 だからこそ、ずっと前髪を伸ばし、極力口を開かないようにしていたのに。
 そう言われたくないからこそ、気をつけていたのに。
 そう言われれば、アイツの行為が正当化される気がして。嫌で嫌でたまらないから。
 それなのに、目の前の男はにやけた顔で同じ言葉を吐き出した。
 



何だよ。言いたい事があればはっきり言えよ





べ、つに……


 何も言えずに視線だけを床に落とした。
 
 この男は、アイツに良く似ている。
 
 大好きだったのに、大嫌いになったアイツに。
 息苦しい。
