佑二と派手な男がにらみ合い、一瞬、緊張が走った。しかし、どちらとも無く小さく吐き捨てるような息をはき、二人の視線は逸らされる。
 佑二がちらりと昇降口を見てから、派手な男を睨みつけた。
 佑二と派手な男がにらみ合い、一瞬、緊張が走った。しかし、どちらとも無く小さく吐き捨てるような息をはき、二人の視線は逸らされる。
 佑二がちらりと昇降口を見てから、派手な男を睨みつけた。



喧嘩売るより、さっさと帰れよ。面倒くせえな


 だが、佑二は再びちらりと昇降口を見る。
 僕にも想像はついていた。
 こんな場所に、人が集まっていたのだ。
 何か理由があるに違いない。



……帰れるなら、とっくにそうしてる。
鍵を閉めたのはお前らじゃねえのか。
え? スギヤマ君?


 「スギヤマ君」
 の部分で、思わず肩が揺れた。
 その名前はいつだって僕を追いつめる。



俺は中嶋。2年だ。こいつは五十嵐。同じく2年。杉山なんて言う名前じゃない。
それに、鍵って何の事だ


 皆の視線が僕へと向けられたが、佑二の言葉に導かれるように昇降口のガラス戸へと移動して行った。



自分で確かめてみろよ


 佑二は、わざとらしくため息をつくと、大股でガラス戸へと近づいて行った。
 昇降口には、全校生徒約1000人分の靴がしまえるよう、小さな靴用ロッカーがガラス戸に垂直に鳴るように並んでいる。
 その中央部分は5メートルほどの幅が取られていて、普段は生徒が行き来する通路となっていた。
 佑二はその通路を進んでガラス戸の取っ手をつかんで、乱暴に何度か揺すった。
 想像はしていたが、開く様子はない。
 いつの間にか僕の足も佑二のもとへと向いていて、僕らは二人でガラス戸を押したり引いたりと、あの手この手で開けようと試みた。
 不気味な放送。
 あの、大きな声のようなもの。
 そしてこの状況。
 知っている。こんな状況なら知っている。



あれだな。チープなホラーゲーム。
出られなくなって、謎解きをしろとかいう





言いたい事はわかるけど


 僕はそれでも、何かが引っかかっているだけなのではないかという一縷の望みを持って、何度か戸を揺らしてみた。
 やはり、小さく動きはするが開きそうもない。
 そうやってがちゃがちゃと揺らしながら、僕は口を開いた。
 この距離なら、他の人には聞こえないだろう。



ありがと。……その、名前の事


佑二はこちらを見ずに、小さく息を吐くように笑った。



嘘は何も言ってねえだろ。五十嵐


 そう、僕の名は五十嵐涼太。
 ほんの二日前から、五十嵐涼太になったのだ。
 なんと言う事は無い。両親が離婚しただけの事。それでも、十六年呼ばれ続けた名は僕の中に染み付いている。
 そう、染み付いているのだ。
 僕は、思い出したくもない記憶がよみがえりそうで、思わず首を降る。
 佑二の後をついて、皆のもとへ戻ったときだった。
 
 



おい……。いいい、いつまで、いの、射ノコって、いいいいいい、ルんだあああ


 昇降口の奥、僕らがやって来た体育館に繋がる廊下とは反対方向から、何かがやって来た。
 それは、重たくて湿ったものを引きずるような、そんな音を不気味にたてながら、ゆっくりゆっくりと暗がりから姿を現してくる。
 薄汚れた白衣に、片側にだけ垂れ下がった不気味な髪。そして不自然に長く、細くなり、床に引きずられる左手。



え?





なんだ、これ


 誰が何を言ったのかは定かではない。誰もが呆然とソレを見ていた気がする。
 薄暗い校舎の中に、不気味な人影。
 あまりにも子供騙しの、それでいて不気味さの拭えないこの感じをどうやって説明しよう。
 それでも、異様な光景から目が離せない。
 でも、「ソレ」が完全に姿を現すよりも早く、僕らは男の声で我に返った。



ふざけんなよ。おい!


 僕らは一斉にその男を見た。



まあああああああああああああだだだだだだだだだいいいいいいいいいいいののココココココココココ





てめえ!


 男は、近くにあった傘立てをつかむと、そいつに向かって投げつけた。
 その行動の方が恐ろしい。
 金属製の傘立ては、そんなに重たいものではないだろうが、それでも人に向かって投げつけるようなものではない。
 僕は傘立てがソレに直撃する事を予想して、僅かに目を細めていた。
 確かに直撃はした。
 傘立てはソレの肩に直撃し、かろうじて繋がっていたらしい肩の肉を取り去って、引きずっていた腕の残骸とともにけたたましい音をたてて廊下に転がる。



いいいいいいいいいのののののののこここりりりりイイイイ


 男の顔が強ばった。



くそ! なんかやべえ。逃げろ!


僕らはその声にはじかれたように走り出した
