カラオケルームを出た途端、
先ほどまでの雰囲気は消え去った。


暗い部屋で、2人っきりの空間で、
まるで魔法にかかってしまったような、それが解けてしまったような。



なんと呼べばいいのだろう、
この、ナニかを一枚被ってしまったような妙な感覚のことを。

小林唯

ありがとうね、楽しかった。

迫田藍

こちらこそ、です。




私がそう言うと、
小林さんは綺麗な顔をして笑う。



映画館に向かうときよりも近くなった歩く距離、右手の甲が、彼の手にぶつかった。


すると小林さんの指が、私の小指に絡む。

これは、意図的なものだ。

迫田藍

…大学の人とかに、見られたらどうするんですか。

小林唯

どうしようね。



どうしようね、じゃない。

どうしようね、じゃないです。
その何も困ってなさそうな目をして、眉をひそめないでください。




私の最寄駅にたどり着く。

小林唯

また、誘っていい?



恐ろしく落ち着いた笑顔で、
彼は私にそう聞いた。

イエス、や、ノー、なんて言えなかったから、
とりあえずで本当に小さく、うなづいた。




私はこの日に知ってしまったのだと思う。


「好き」が無くても「恋人」じゃなくても、
キスをしたり手をつないだり出来てしまうことを。


私は認めてしまったのだ。


自分がこういうことを出来てしまう人間であるということを。




ここで小林さんのことを軽蔑しなかったことが、私の最大の過ちだ。


酔っていたのだろうか、少しだけ大人になってしまったかのような状況に。