毎日聞きすぎてもはや鳴っていることに気付かない時もあるほど聞き慣れたチャイムの音が聞こえるやいなや、教員はそう言って足早に教室を去って行った。

僕は僕で、講義の終了とともに机にどっぷしと体を預ける。講義内容など、これっぽっちも頭に入らなかった。

と。僕の隣に座っていた真面目大学生の青葉桐斗が、先生の小ネタまできれいにまとめたノートを閉じ、興味津々といった様子で話しかけてきた。

力の抜けた返事を返す僕に、彼はカバンを持ちながらそう言った。

僕はその言葉に頷き、カバンを手にし昼食の場へと向かった。

大学内にある小洒落たカフェでランチを食べながら、僕は今朝の出来事を同じ学部でもある青葉に話した。

彼の真面目な性格の故か、僕のとても信じられないような話も、馬鹿にすることなく聞いてくれた。

今朝の出来事を思い出すたびに、僕の胸は苦しく締め付けられる。この感覚は、おそらく当分は消えることはないだろう。

それでも。青葉に結末を伝えるため、そして再三自分に言い聞かせるため、僕は今朝の出来事を思い返した。

……

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その車を見て。
その音を聞いて。
自分は間に合わなかったと理解して。

気付けば僕は叫んでいた。

何のために戻ったのか。
何のために繰り返したのか。

これでは。
これでは……

擦り切れるような音がのどを通って声になった。
けれど、その声を聞いてもただ自分がむなしくなるだけで。
僕はきっと心を壊してしまっていただろう。

あの声を聞かなければ。

そんな声とともに肩を叩かれ、僕は現実に引き戻された。

辺りを見回せば、みんなが不思議そうな顔で僕を見ていた。おじさんや、スーツを着たサラリーマンや、制服を着た中学生に高校生。しまいには僕の後ろで笑い合っていた小学生たちまで、訝しげに僕を見ていた。

僕の耳には、おじさんがそう言ったようにしか見えなかった。僕の目には、おじさんが笑っているようにしか見えなかったし、事故なんて起こっているようには見えなかった。

横断歩道の信号はまだ青のままだった。

事故なんて、一つも起きてはいなかった。

小学生の集団へ目を向ける。車に轢かれるどころか、こけてけがをした様子もなかった。

気付けば頬は緩んでいた。

青信号は点滅を始め、止まっていた人たちは僕から視線を外し各々の道を進んで行く。

信号が赤に変わってしまう前にと、僕は急いで横断歩道を渡る。小学生たちは、渡り切った先を右に向かって歩いていた。

僕はそのまま進路を左に変えて、つまり小学生とは反対の道へ、心とともに軽くなった足を一歩前に踏み出した。

そんな風に大学への道を歩いて行く。
その一瞬前に。

僕は心のどこかに小さな違和感を抱きながら、しかしそのことはさほど気にも留めずに、ただ何の気なしに後ろを振り返った。

それが良かった。いや、それがいけなかったのか。

僕は気付いた。

知ってしまったのだ。

無意識に抱いていた、その違和感の正体に。