人を助ける時、きっとそこには様々な思いがあるのだろう。

思いだ。
そう、たとえばその人にお願いされたから。後になって見返りが自分に返ってくるから。
だから助ける。理由としてはそれが妥当だろう。

ある日、友達にこんな質問をされた。

お前は進んで人の頼みを引き受けるよな。めんどくさいだろ? どうしてなんだ?

聞かれた風見優真(かざみゆうま)は笑いながら答える。

困っている人がいるなら助けるのが当然だろ?

助けることは当然。それが彼の理由だった。

助ける。つまり救うということ。
優真は常に人を救うことしか考えていない。
どうして人を救いたいのか。

そんな質問をしたところで、困っている人がいるなら救うことは当然だろ?
なんてお決まりのセリフを吐くのが関の山だ。

みんなは知らなかった。どうして風見優真という人物はそこまで人を救いたいのか。
理由らしい理由を語らないし、いつも何かとはぐらかす。

謎の多い人。
そんな噂もあってか彼を避ける生徒もわずかにいた。
優真の優しさに利用する目的に接する人が沢山いた。

都合のいい人として学園に広がり、彼を利用する者が増えていった。

それでも自分を変えない。
頼まれたことは何でもやる。
それが、優真のすべてだった。

おい優真!

学園が終わり、帰宅途中に後ろから誰かに呼び止められた。

……鉄平?

呼び声に振り返ると、そこには友達の鉄平がいた。
荒木鉄平。
不良として地域に名を渡らせ、喧嘩上等、その名に相応しく実力も相当らしい。

お前、このヤロー。先に帰るならそう言えよ!
知り合いにお前を見たって聞いて慌てて学園出たわ!

ご、ごめん……

よし、飯おごれ

うん、わかった

それで、どうして先に帰ったんだよ? この後用事でもあるのか?

聞いてくれよ、実は困ったことになったんだ

……?

それは授業が終わった時のこと。チャイムが鳴り、鉄平と帰ろうと声をかけようとしたところで担任に呼び止められた。

あーいや、呼び止めて悪いな優真。実はお前さんに伝えないといけないことがあるんだ。ここじゃなんだ。着いてきてくれ

は、はぁ……

その時、すでに嫌な予感はしていた。
職員室に連れて来られ、先生は煙草を吐きながら先生は告げる。

お前、このままじゃ部活が廃部になるぞ?

え……? 今なんと……?

もちろん聞こえなかったわけじゃない。
あまりにも信じられない言葉に、機能性であってほしかったのだ。

だから廃部だよ

しかし、機能性ではなかった。

廃部って、どうして? なにか迷惑でも掛けましたか? でしたら謝ります。廃部は……嫌です

お前はなにやら勘違いしている。それともやましいことした覚えがあるのか

ないです

そうだろ。だったらそんなマイナスになるなよ。大丈夫だ。廃部から逃れる方法はある

本当ですか?

そもそもの原因はな、部員の数なんだよ

ああ……

なるほどと納得ができてしまう。
なんたって優真が活動している部活は、部員の数が圧倒的に少ない。
その数はなんと1人。本人だけだった。

納得してもらえて何よりだ。えーと、タスケ部だっけか。先生はな、お前を感心するよ。世の中利益を求めず進んで人の為に動く奴は思っているほど少ない

お前がどうして人の為に動くのかは俺は知らないが、正しいことしていることは理解しているつもりだ

先生は煙草を吐いて、優真の目を見る。

だから力になってやりたい気持ちはある。だがな、俺には教師という立場があり、お前だけ優遇することもできないんだ。分かるな?

はい……

まぁとにかくだ。頑張って部員を集めろ。もし一週間以内に集まらなかったらタスケ部は廃部になる。分かったな

……分かりません

分かれ

どうして一週間以内なんですか。期間が短いと思います。

そこら辺は生徒会に文句を言ってくれ。本当は無駄な部を今すぐ廃部にしたいらしいが、俺の一声で一週間の期間をくれたんだ。むしろ感謝してくれてもいいんだぞ?

そういうことらしい。
期間は一週間、それまでに部員を集めなければ廃部になる。

鉄平に全てを打ち解けて、優真は、はぁ……とため息を吐く。

鉄平にお願いがあるんですが……

やだ

ビックリするほど即答だった。

まだなにも言ってないだろ?

なら言ってみろ

タスケ部に入らない?

やだ

……

現実は残酷。目の前に少年がそれを物語っていた。

幽霊部員だけでもいいんだよ? 力を貸すと思ってさ。助けてくれよ

まぁ確かにな。お前にはたくさんの借りがある。俺がまだ生徒でいられるのもお前のおかげだ

な、ならいいの!?

でもよ、俺は思うんだ。その部活はきっとお前の為にはならない。だって好きで人を助けてるんじゃないんだろ? いい機会じゃねぇか。いっそ廃部になった方が絶対お前の為になるって

うん、そうだよ。それが俺の使命だから、仕方なく人を助けているに過ぎない

でも、だから尚のこと部活が大事なんだよ。部活が無くなるという事は、俺の使命まで消えてしまう。……そんなのは嫌だよ

思い出すのは過去の出来事。
それは悲劇であり絶望。家族を失い、夢を失い、全てを失った失望。
人を助ける行為こそが残された家族の形見なのだった。

お前の過去は大体理解している。でもいいのかよ。それじゃいつまで経ってもお前は救われないんだぞ

それでいいんだ。救われる必要はなんてない。それとも鉄平は、数少ない形見の1つを俺から奪うつもりなのか?

そんなことはしない!

なら余計なことは考えないでほしい。俺は人を救いたいから救う。もうそれでいいだろ?

チッ!……分かったよ

うん、でもまぁ、俺のことを考えてくれているだよね。うれしいよ、ありがとう

……たくっ、調子狂うぜ

それから鉄平は気持ちを切り替えたように話題を変えた。
本当に他愛にもない会話。
だけど、この時間は大切で楽しい。楽しいから時間はあっという間に流れてしまう。
気付けば、自分の家の前にいた。

部活の件は俺も当てがある奴に相談してみるからよ、そんなしょんぼりすんな

うん、ありがとう

ほんじゃあな

鉄平と別れ、優真は自分の家に帰った。自分の部屋に入りカバンを捨てるように放り投げる。
そのままベットに倒れた。

お兄ちゃんお帰り!

ああ、ただいま……

居るはずのない妹がそこにいる。
これは妄想。
妄想によって存在しない妹が具現化し、こうして優真の目の前に立っている。
もちろん、見える対象は優真だけだった。

今日はね、災難だったよ。俺の居場所がついにいなくなるんだ

知っているよ。なんたって私は優真の妄想だから、優真のことは何でも知ってる

どうしたらいいかな。部員を集めれば良いらしいんだけど、簡単には集まらないよね?

努力あるのみ! 諦めたらそこで試合終了だよ、お兄ちゃん!

べつに諦めているいる訳ではない。
方法が少し困難なだけで、そもそも簡単に部員が集まるなら、今ごろ廃部なんてものに追い込まれていない。

いまは考えることは止めよう。お兄ちゃんは混乱しているんだよ

安心して、きっと上手くいくよ。だって私がいるんだもん!

ああ、そうだな

妹、唯(ゆい)の言葉は途絶えた。
同時に、優真の意識も薄れていって、やがて深い眠りへと落ちた。