お父さんとはじめて逢ったのは大学生の時だったのと、昔お母さんが言っていた。
　

あれは小学４年生の頃。


友達の中にちらほらと恋をする子たちが現れて、あたしも興味を持ち始めた時。

と訊くと、お母さんは恥ずかしそうにしながらも答えてくれた。
　

同じサークルに入っていて、ずっと気になっていたけど、お母さんにはお父さんに話しかける勇気すらなくて。


やっと女友達に協力してもらって、グループでつるむようになった。


そんなある日お父さんから告白された。


ずっと気になってて。
そう言われたらしい。
…お父さんも、お母さんと同じ気持ちだったのだ。
　

大学卒業と同時に、お父さんはお母さんにプロポーズした。
　


シャイなお父さんが、一生懸命頑張っておしゃれなレストランで、真っ赤になりながら

と言ってくれた。

それがとてもうれしかったって、お母さんはそれでこの人についていこうと思ったのって、穏やかな笑顔で言っていた。
　


――そう、プロポーズとはそうあるべきで、こんなのは絶対プロポーズじゃない。
　

あたしは目の前で不敵な笑みを浮かべる男に冷たい目を向けた。

すると、九条さんは一瞬面食らったような顔をして、またくすくすと笑った。

　んー、と考えるそぶりをして、口を開く。

突然出てきた言葉に、あたしの頭は一瞬固まってしまう。

なじみのない単位に、思わずあたしの口からは間抜けな声が出てきた。

なんで、九条さんがそのことを知ってるの？
　

あたしはある可能性に気がついて、はっと息を呑んだ。

彼は、なにも悪いことはしていないという風に、平然とそう言ってのけた。

あたしは、さーっと血の気がひいていくのを感じていた。

この人はあたしの全部を知っている。この人には逆らえない。
その瞬間、あたしはそう悟った。
　

相変わらず、九条さんは楽しそうに口の端を持ち上げていた。


勝ち誇ったような王者の顔だ。
彼はそのまま、話を続けた。

あたしにそんな大金払って、結婚までして。彼の得になることなど、なにひとつないはずだ。


そう言うと、彼は声を上げて笑った。
その声があまりにも大きくて、あたしの体はびくっと震えた。


彼はひとしきり笑ったあと、笑いすぎたせいで浮かんだ涙を拭って言った。

その反応に腹が立ったけど、あたしはぐっと堪えた。


彼の機嫌を損ねることが得だとは思えない。

あたしは息を呑んだ。


九条さんの整った顔からは、もうあの楽しむような笑顔は消えている。
真剣な瞳で、あたしのことを見ていた。