男は脳科学の分野の天才。

政府の研究機関で国家プロジェクトにたずさわりその将来を嘱望されていた。



そのプロジェクトとは人間を遠隔操作する電磁兵器の開発。

そして二年前ある実験の被験者に男は自分の息子であるエイジを選んだ。

しかしそれは男の言うように決して命の危険を伴うような実験ではなかった、筈であった。

だが実験の過程でエイジは命を落とした。

不慮の事故。

男は嘆き悲しんだ。

愚かだった、野心のために非人道的な兵器の開発に手を染めた自分を呪った。

男は逃れるように政府の研究所を去った。









手術台の上で眠るケンイチ。

トラウマのフラッシュバックで苦悶の表情を浮かべている。



エイジ

見てみて! この子拳を握りしめてるよ。まるでファイティングポーズとってるみたいだ。父さん、この子の生存に対する執念はすごいよね



科学者の男

そうだな……



エイジ

全身全霊で『生きいていたい』っていってる。あれだけの仕打ちを受けたのにまだ生きていたいって……



科学者の男

……



エイジ

ねえ、父さん、この子を生かしてあげようよ



科学者の男

……しかし



エイジ

この子は確かに罪を犯したかもしれないけど、罰はもう十分受けてるよ




科学者の男

……




エイジ

罪は罪だけど…… そうしないと自分が殺されちゃうから、そうやっただけでしょ







科学者の男

……そうだな




エイジ

じゃあ、決まりだね! そうだ! 新しい名前を考えてあげないとね。うーん、ハルトはどうかな。この子の将来が晴れやかで春の日のように穏やかであるように……




科学者の男

しかし、エイジはそれでいいのか?




エイジ

父さん、僕はもう死んでるんだよ。でも僕はこの子に比べたら何倍も幸せだった。よかったよ、父さんの子供に生まれて




科学者の男

エイジ……










急に男の視界が歪み始めた。

景色が揺らぐと今まで見えていたエイジの姿が一瞬かき消えた。










エイジ

父さん、そろそろ時間みたいだ……。もう残留エネルギーが切れそうだ……








男の視界が徐々にぼやけていく。

歪んでしまった空間にエイジの声だけが響く。


科学者の男

エイジ、待ってくれ!





エイジ

父さん……、ありがとう……




科学者の男

エイジ!!





エイジの思念はそこで途切れてしまった。










科学者の男

ケンイチの脳、たんぱく質のレベル操作による特定の記憶の消去 しかしこれだけ強烈にDNAレベルで書き込まれた記憶を完全に消し去る事は不可能だ……




科学者の男

人工海馬によるトラウマのブロック機能と合わせればなんとかおぞましい記憶を封印できるだろう

こうしてケンイチは生まれ変わった、
ハルトとして。

全ての作業を終えると男は
倒れこむように深い眠りについた。

男の脳細胞にインポートされた
ケンイチの忌まわしい記憶。

その残酷なまでに黒いノスタルジアは
男の精神に深いダメージを
与えていたのだった……。