へええ、とわざとらしい声をあげるマサヨシ。



昨日さんざんいじって悪かった、だが、俺は、あの子の





雇い主?





……雇い主


へええ、とわざとらしい声をあげるマサヨシ。



ずいぶんと惚れ込んでる雇い主様で





恋愛話が好きなんだな、お前





誰にでもこんなこと言う訳じゃないぜ。だって、お前ら幸せそうなんだもん


……幸せそう、か。



それは……間違っていない





そうか


マサヨシは肩をすくめた。



ま、人間関係にはいろんな関係があるよな。わりわり、からかいすぎたわ


マサヨシは苦笑して、掃除掃除と腕を回しながら戻っていく。
どうして、急に謝るんだろう? 冗談いうなら最後までいい通せばいいのに。
そう思ってすぐ、急に謝った理由がわかって、俺もひとりで苦笑した。



……神妙な顔つきしてりゃ、そりゃあな


顔をふり、両手で自分の頬を包む。ぐいと押して、離す。



幸せそう、か


その通りだった。それこそ、ずっと続けばいいと思うぐらいに。
だめだ、それではだめだ、というサンザシを思い出す。雨の中、彼女は言った。終わらせなければならない、と。
そういえば、彼女は雨に濡れていなかった。
サンザシ。
君はいったい誰なんだ?
どうして俺は、君のことを忘れているんだろう?
急に悲しくなって、むなしくなって、胸がつぶれてしまうほど、苦しくなった。



……静かですねえ


掃除が終了したあとは、買い物を命じられた。



のほほんとしてるよなあ


周りに人がいないことを確認しながら、俺はサンザシに小さな声で返答する。
狭くて、誰もいない道を歩いていると、なぜだか心が落ち着いた。サンザシもそうなのか、どこか足取りが軽い。



今までどたばたとした世界が多かったから、のんきに買い物してるとか、信じられないなあ


俺の発言に、ふふ、とサンザシは静かに微笑む。



そうかもしれませんね。休息も必要です





休息、ね。でもさ、一応問題は出てきたよね……あの店の売却問題


鳥がどこかでチチチと鳴いた。
そのあと、ぽつりとサンザシのため息が落ちる。



あのお店は、きっとマサヨシ様が経営するから素敵なのです……懸命に掃除をして、お客様にもあんなに優しく対応しているマサヨシ様を見て、私はそう思いました……


掃除をしている最中に、一人お客さんがやってきた。
常連なのだろう、四歳ほどの女の子は、マサヨシを見るや否やマサヨシの腰に飛びついた。
大きな荷物を持っていたマサヨシはその場でバランスを崩しながらも、楽しそうにその女の子の名前を呼んだ。



いつものちょーだいよ!


小さな手のひらをめいっぱい広げた女の子に、はいよとチョコレートをひとつ置く、マサヨシ。
その光景は確かに微笑ましく、俺も消えてほしくはないな、と思った。



しかし……店を経営する物語は思い浮かばないぞ……商売の物語って……マッチ売りの少女、だったらいやだしな


そしたら最後、死人が出てしまう。そんなの、勘弁していただきたい。



マッチ売りの少女でないことを祈りつつ……なんだろうな、まったく検討もつかない


そのとき、狭い道から子どもが四人、勢いよく飛び出してきた。



はやく行こーぜ、駄菓子屋トランプ!


