――これで、ショータ少年の異世界転移の物語は一応の区切りを迎えた。
 一瞬だけど異世界の地で華々しい活躍をした彼の物語はこれで終わり、次元の裂け目に呑みこまれていった彼は、確かな達成感を胸に、いつも通りの平凡な暮らしが待つ元の世界に戻る……というのが私の考えたシナリオだ。

くれあ

喜んでもらえるといいな

 ショータ少年か、あるいはその向こうにいたであろう作り手の誰か。
 そのどちらか……できるならば両方に失礼の無い出来になっているといいのだけれど。

俺は、楽しかったぜ

くれあ

ショータ……くん?

 目の前にいたのはショータだった。
 シナリオ通りに元いた世界に帰り着いているものとばかり思っていたので、こうして再会するなんて思ってもみなかったし、そもそもシナリオ上で敵を演じた私に気さくに話しかけてきたことが驚きだった。

そんなに驚かなくてもいいだろ?
演じる舞台が終わった後は、どっちもただの舞台スタッフさ

 と、ショータは快活に笑った。

ウサギ

こ、困りますよぉ!
まだ元の世界に帰ってからのエピローグが
残ってるっていうのに……!

 と、どこからともなくウサギがやってきて会話の輪に加わる。

ウサギ

いやでも、ちょっとした後日談扱いだったしまあいいのかな……

お、あんたは監督さんかな?
大丈夫だって。十分楽しい舞台は演じきれたはずさ。
どこかにいる観客も満足してくれてるって

ウサギ

ん、まあそうですね。
確かに『外』の反応は上々みたいです。
女王様も概ね満足しているようですし

女王様!?
なんかよく分からんけど、俺たちスゴイ人に見られてるんだな!?

くれあ

……ふふ

 ショータの感想に自然と笑みがこぼれていた。
 セカイを救うための仕事とか、ファンタジー世界での命がけの戦いとか、とてつもなく現実離れした体験を経てきたというのに、今、私たちの間に流れているのは、文化祭の出し物を終えたみたいな和やかでありきたりな雰囲気だ。

ウサギ

ま、とにかくですね!
これで一つの分岐セカイがめでたく終わりを迎えることができました!
おめでとーございまーす!

くれあ

……ええと、これから一体どうなるの?

 一仕事終えた空気が漂ってはいるけど、未だ私たちは次元の狭間(らしい空間)にいる。それも、登場人物のショータまで一緒に。
 こんな中途半端な状況で「物語が完結した」、なんて言われても、どうにも「仕事をやり遂げた」という実感が湧いてこない。

ウサギ

物語を閉じて、保管庫に帰還しますよ。
ショータくんは……ええと、まあ、ちゃんと次の活躍の場が待っていますから

 ショータの今後について、ウサギが少し言葉を濁したのは気になったけれど、

マジか!
まさか、そこまでしてもらえるなんて、全然思ってなかったぜ!

 と、ショータが心から嬉しそうな笑顔を見せてくれたので、あまり深く詮索できなくなってしまっていた。

くれあ

それじゃ、ショータくんとはここでお別れ、なのかな

ウサギ

心配しないでください。
またすぐに会えますから

おうよ。
生み出されてからずっと、何も無かったこの俺に、こんなに楽しい舞台を用意してくれたあんたたちには感謝してる。
めいっぱい恩は返すつもりだぜ

くれあ

……ありがとう

 その言葉を聞けただけで、「頑張って良かった」という充足感が胸に満ちてきた。
 分岐セカイが完結したら、どういう風になっていくのかは私も分からない。彼の恩返しがどんなカタチのものになるかも想像がつかない。
 だけど、彼からその言葉を貰えただけで、すでに十分な恩返しをしてもらったような気がする。

ウサギ

さあ、そろそろ行こう、くれあ。
まだまだ分岐セカイが君の助けを待ってます

 ウサギがそう言って指さした先には、どういうわけか木製の扉が浮かんでいた。

くれあ

あの……さよなら、ショータくん

 私がぺこりと一礼すると、ショータは笑顔で手を振ってくれた。

ああ、またな!

 少しの不安も憂いも存在しないかのようなショータの笑顔に見送られ、私はウサギと共にドアを開いて先へと進んだ――

くれあ

帰って、来たんだ……

 気付けば私はあの大図書館に戻っていた。

ウサギ

お疲れ様、くれあ!

くれあ

これで、最初のお仕事は本当におしまい?

ウサギ

はい。くれあのおかげでショータも『観客』も喜んでくれましたし、大団円ですね!

 ウサギは、屈託の無い笑顔でぴょんぴょん飛び跳ね、全身で喜びを表現していた。

くれあ

……ねえ、一つ聞いていい?

 そんな彼に、私は一つ質問を投げかけていた。

くれあ

『外』とか『観客』って、なんのこと?

 物語を終えてから、度々ウサギが口にするその表現が気になっていた。
 舞台や書物の例えが使われるくらいだし、確かに分岐セカイを鑑賞している「誰か」はいるのかもしれない。
 でも、その正体を知らないままでいるというのは、なんとなく不安だった。

ウサギ

えーと……『観客』は、カミサマですよ。
セカイの存続を決める、偉い存在なのです。
彼らに気に入られれば、セカイは続くことを許されるのです

 その話は、ショータの分岐セカイに行く前に少しだけ彼が話していたような気がする。

ウサギ

多くの分岐セカイがこの書庫を圧迫しないように整頓するだけじゃなく、一つでも多くのセカイを、『観客』が末永く楽しめる物語に仕立ててあげる。
それもまた僕たちのお仕事なんです

 確かに、分岐セカイが誰かの創作物だというのなら、当然それを鑑賞する人がいてもなんら不思議じゃない。
 ただ、その意志がセカイの存続を決めるとなると本当に人智を越えた存在のようだ。

くれあ

ねえ、ウサギさんの仕えてる女王様っていうのも、その神様……『観客』なの?

ウサギ

……難しい質問ですね。
女王は、色々特殊な立ち位置なんです。確かに『観客』ではあるけど、僕たちやくれあに近いというか……

 言葉を詰まらせたウサギは、難しい顔をして少しの間黙りこんでしまった。

ウサギ

……まあ、いつか詳しく話します。
それより、今は

 と、ウサギは自らの服のポケットの中を、ごそごそと探ると、何かを取り出して私に差しだしてきた。

ウサギ

はい、これをどうぞ。
疲れてる時は甘いもの、ですよ!

 差しだされた包み紙の中身は、一粒の飴玉だった。
 ラムネ味なのだろうか、水色に透き通るその飴玉は、宝石のように綺麗だった。

ウサギ

これはですね、さっきの分岐セカイ、もといショータさんの感謝の気持ちがこもった特別なご褒美ですよ!

くれあ

感謝の気持ち?

 思っていたよりも即物的な恩返しがすぐにやってきたという事実に、私はただただ目を丸くしていた。

ウサギ

はい。これを食べて疲れをとってから、次の分岐セカイへ行きましょう!

くれあ

……うん、そうだね。
ありがとう、いただきます

 なんにせよ、しばしの休憩と甘いものはありがたい。
 私は、書庫にあった手近な椅子に腰かけると、貰った飴玉を口に含んだのだった――