夕暮れの教室で話す二人の少女。麻衣と呼ばれた方の少女は、自慢げに胸を張ってもう一人の少女に笑顔を見せる。



あ、そうなのじゃ。そこはそうやって……





さっすが麻衣ちゃんだね! 教え方上手ー





えへへー、そうでもあるのじゃ!





何それー


夕暮れの教室で話す二人の少女。麻衣と呼ばれた方の少女は、自慢げに胸を張ってもう一人の少女に笑顔を見せる。



何かあったら何でも麻衣に聞くといいのじゃ。里香ちゃんは麻衣の友達じゃからな!





うん、ありがとう麻衣ちゃん!


楽しそうに話す二人は、廊下を歩く妙な足音に気付くことが出来なかった。
ずるり、ずるりと何かを引き摺るような足音。一本の線を作り出しながら、足音は少女達の教室に近づいていく。しかし、少女は気付かない。



遅くなっちゃったし、そろそろ帰るのじゃ





うん、そうだねー


何も知らない少女達は、帰ろうと教室の扉を開けた。



お、今日は八尺様か。まぁまぁだな





おい恵司、流石に場所を選んで欲しいんだが


ノートパソコンを手に、カタカタと何かを検索する恵司と、その様子に苛立つ音耶。置かれた机に腰かけた恵司は、膝の上のパソコンの画面に夢中で音耶の話を聞く気はさらさら無さそうだった。



占いだよ占い。この前だって赤目女たんの加護だったわけだし。……それに、今回俺は釈然としないわけだ





何がだ?


音耶の問いかけに、恵司は自身の傍に置かれていた検死結果の紙を音耶に突きつけた。



確かに死んだのは女だ。だが、これじゃあどうしようもないだろうが! 肉塊を愛でる趣味は無い!


恵司の突きつけた検死結果には一人の少女の名前が記されていた。鈴木伊緒、14歳。だが、添付された遺体の写真から彼女だと分かる者はいないだろう。なぜなら、遺体はそれが人間だとは分からない程度に形が崩れていたからである。



だが、俺が呼んだらお前は来てくれたじゃないか


だから何だと言わんばかりの態度の音耶に、ふと何かに気付いた恵司は神妙な顔で音耶に尋ねる。



そもそも、だ。お前は俺が事件に介入することを嫌がっていたよな。それがどうして乗り気なんだよ


その上ここに埴谷の姿は無い。埴谷が頼み込んだ、というわけでなければ、恵司を呼ぼうとする人間なんていないはずだ。――音耶がそうしない限り。



今回は仕方がなかったんだ


やれやれとばかりに肩を竦めた音耶。それ以上は何も言わなかったが、その直後に恵司は全てを理解した。



兄者ぁぁぁぁぁぁああ!


突然教室に入り込んだ一人の少女。慌てる捜査官達を抑えながら、音耶は言った。



遺体の第一発見者は、麻衣なんだよ


駿河麻衣。彼女は恵司と音耶の妹だった。変わった喋り方ではあるものの、その可愛らしさと人柄ゆえ誰からも愛される子なのだと双子は口を揃えて言う。



そ、それじゃあ、お前は捜査から外されてる筈だろ? 身内が事件関係者じゃあ





麻衣は被疑者じゃないし、疑いもない。アリバイもあるし動機もないからな。その上、俺達を指名したのは麻衣だ





……成程、な


実は麻衣が警察に尋問されるのは初めてではなかった。過去に起こった砂尾空殺人事件の際、恵司の精神状態が不安定だったことから、彼が話せるようになるまで空や恵司の事を話していたのは彼女と音耶なのである。その時の警察官に悪い者があり、犯人を恵司だと決めつけて捜査していたものがあったため、麻衣も無理矢理証言をさせられそうになったのだという。結局恵司には犯行が無理だったとわかると手のひらを返したというが、そのせいで麻衣は警察組織に対し疑心暗鬼になっているのだ。
それを分かっていたからこそ、警察も特例として音耶が捜査指揮を持つことと恵司の介入を最初から認めたのだろう。



……そうなっちゃ、仕方ないわけだ。俺のせいだもんな


少し暗い表情をした恵司に、慌てて麻衣は首を振った。



兄者のせいじゃないのじゃ。あれは悪い警察の人がいけないのじゃ。じゃから、麻衣は兄者達にお話をするのじゃ


微笑む麻衣の頭を、恵司は何も言わずそっと撫でたのだった。



それで、麻衣。お前は何を見たんだ?





兄者達は麻衣が何を言っても信じてくれるな? 絶対だぞ?





ああ、それは心配ないさ。俺達は絶対に麻衣の言葉を信じる


何故か酷く念押しをした麻衣。恵司と音耶はアイコンタクトで、「これはとんでもない話が出てくるかもしれない」と覚悟しながら、麻衣の次の言葉を待った。
麻衣は、少し言うのをためらった後、深呼吸してゆっくりと口を開いた。



あれは、ひきこさんだったのじゃ


