学生時代に恋人が出来る事もなく、すっかり暗い性格になった俺は、就職活動にも不安があったが、幸いにも時代はバブル絶頂期。こんな俺でも会社は選び放題で全く困ることは無かった。早々に一部上場会社に就職が決まり、田舎を離れ横浜の支店に勤務する事になった。
田舎者にとって「横浜」は憧れの地だったので、この時は流石に浮かれた。田舎と違って人口の多い大都会なら、モテない俺でも拾う神がいるんじゃないかと。
でも現実は厳しかった。当時はインターネットも無い時代なので、そもそも今みたいに簡単に出会えるツールが無く、社内の出会いから結婚に至るって人が結構多かった。女性社員が極端に少ない体育会系の会社だったので、俺レベルの男がその恩恵に預かれる確率は非常に低い。だからという訳でもないけど、どうせお相手の女性が見つからないのなら、やっぱり本能に正直になって、男性とお付き合いしようかなと思い始めた。
とはいえ会社の中でお相手を探す勇気もなく(会社で自分の性的指向がバレるのが怖かった)、童貞でウブだった俺が新宿2丁目に行く勇気があるはずも無く、ゲイ雑誌の掲示板を使うぐらいしか思いつかなかった。でもこの方法は編集部に手紙を送って、転送してもらってって感じで凄い時間がかかるし、筆不精の俺にはまともな文章を書く自信も無かった。
そんなこんなで、結局、就職して2年ぐらいは童貞のままだった。そんな悶々としている時、「伝言ダイヤル」という救世主が現れた。
若い人には想像もつかないと思うけど、インターネットにある出会い系掲示板の電話版って感じのもの。テーマごとに部屋があって、伝言ダイヤルに電話した後は部屋の番号をプッシュして順番に伝言を聞く。今だと災害時の伝言ダイヤルがイメージ近いかな。部屋の番号が確か語呂合わせになってて、3286(サブ野郎)とかあったかな。他にも一杯あったけど、流石に昔すぎて忘れた。
伝言ダイヤルの登場により、俺にも光が見えてきたような気がして電話しまくった。電話なので当然顔は分からないわけだから、声と喋り方で判断するしかないんだけど、優しそうな好みの声で同年代の男性が見つかったので早速会う約束をして、待ち合わせ場所まで車を飛ばした。顔を見るまではドキドキだったけど、会ってみたらイメージ通りの優しい感じの眼鏡男子で、いきなり胸がときめいた事を覚えている。待ち合わせ場所から彼の部屋に移動した後は、緊張のあまり何を話したか全部は覚えていないけど、お互いの仕事の話をした時に、彼が和服店に勤めていて、店では和服なんだよって言った時に凄い萌えた事を覚えてる。他には、アナルはお互い未経験で興味も無いって話をしたかな。(今だとバニラって言うんだろうけど、当時そんな言葉は無かった)
そんな話をしているうちに段々と雰囲気が盛り上がってきて、ついに初めてのキス。男女ともに未経験の俺にとっては、もう心臓が飛び出るぐらいドキドキしちゃって、キスの味がどんなだったか全然覚えてない。でもなんだかとても幸せな気分に包まれたのは覚えてる。この時の経験が元になっているのか、今でもキスが一番好き。とはいえキスだけで終わるはずもなく、かと言ってアナルはお互いに嫌だと確認してるので、自然な流れでお互いのモノを舐めたり咥えあったりした。でも流石に初めて男のモノを咥えるのは抵抗があって、キスに比べたらあまり嬉しく無かったような気がする。その後は暫くまったりと話をして俺はそそくさと家に戻った。いきなり泊まる勇気が無かっただけだけど、今にして思えばあの時泊まっていけば良かったなと思う。後に男性と一緒に一夜を過ごすって事が高嶺の花になるとは、この時は想像もしてなかったから仕方のないことではあるけど。(この件については別記事で詳しく書くと思う)
後日、彼からまた会いたいと電話連絡があった。でも俺は断った。とても素敵な男性だったし、今なら二つ返事で付き合っていると思う。なぜ断ったかと言うと、彼と別れたあとに例の強迫観念が蘇ってきたから。
彼と過ごした時間は幸せな時間だったし、彼が悪い訳ではないのだけれど、いざ男性と行為をしたら、やっぱり急に怖くなってしまった。「母ちゃん、俺、ついに道を踏み外しちゃったよ」って親の顔が頭に浮かんで来た。親不孝はしたくなかったし、世間並みに結婚して子供作って、孫の顔を親に見せたいと、その時は真剣に思った。そして俺は自らの心を誤魔化して、また男性を好きになる事を封印した。
そんな訳で、初体験は甘酸っぱさの後に、ほろ苦さがしか残らない、とても辛い体験となった。今でも彼に会って謝りたい気持ちはある。なんならやり直したいとさえ考えてしまう。どこかで元気に暮らしているかなぁ...